この記事では、「もらわないほうがいいの?」と悩む人に向けて、社会保険労務士の岡佳伸さん監修のもと、よくある疑問に回答し、正しい知識をお伝えします。
※この記事は2023年1月26日に公開した内容を最新情報に更新しています。
この記事の監修者
岡 佳伸(おか よしのぶ)
社会保険労務士、法人 岡佳伸事務所代表。大手人材派遣会社、自動車部品メーカーなどで人事労務を担当した後に、労働局職員(ハローワーク勤務・厚生労働事務官)としてキャリア支援や雇用保険給付業務、助成金関連業務に携わる。現在は開業社会保険労務士として活躍。各種講演会講師および記事執筆、TV出演などの実績多数。特定社会保険労務士、キャリアコンサルタント、1級ファイナンシャル・プランニング技能士。
傷病手当金とは? まずは受給条件などの基礎知識を理解しよう
傷病手当金とは、健康保険などの被保険者が業務や災害以外の病気やケガで療養のため仕事を休み、給与などがもらえない時に申請・受給できる保険給付です。
受給するには、健康保険の被保険者である必要があるので、国民健康保険に加入する自営業者は対象となりません。また、「業務外の病気やケガで療養中である」「働くことができない」「給与の支払いがない」「連続する3日間を含み4日以上、療養のために仕事を休んでいる」などの条件を満たしている必要があります1)。長期療養の場合、通算1年6カ月間まで受給することが可能です。
傷病手当金のより詳しい制度の内容や受給条件などは、以下の記事でご紹介しています。併せてご確認ください。
【関連記事】傷病手当金の制度概要や受給条件について、詳細はコチラ
「傷病手当金をもらわないほうがいい」は誤解。法改正で受給メリットが大きくなった
傷病手当金を受給すると、経済的な不安は減りますが、「生命保険に加入できなくなるのでは?」「同じ病気にもう一度かかった時にもらえないのでは?」など、長期的に見たら損をする可能性に思い悩む人もいるようです。しかし、このような不安を抱く背景には、制度に対する誤解や、2022年に施行された改正内容の認識不足が多くあります。
たとえば、傷病手当金の受給期間は、改正前は支給開始日から「最長1年6カ月」でしたが、2022年1月1日の改正後からは「通算1年6カ月」に変更になりました2)。詳しくは後述しますが、この改正により、以前はデメリットと感じられていた、傷病手当金を受給する時の不都合が改善されています。
そこで、改正以前から「傷病手当金のデメリット」と考えられていたことに関するよくある疑問とその回答をご紹介します。
Q.傷病手当金は、同じ傷病でも繰り返し受給できる?
長期療養や断続的な療養を余儀なくされる傷病を患う人にとって、傷病手当金の受給期間が終了することは大きな問題でしょう。
〈図〉支給期間の考え方
前述のとおり、改正前まで傷病手当金は支給開始日から「最長1年6カ月」とされていました。この考え方だと、支給の開始日からカウントダウンが始まり、出勤をして傷病手当金を受給していない期間も「支給期間」に含まれます。
一方、改正後は支給開始日から「通算1年6カ月」と変更されました。この場合は、傷病手当金を受給している期間のみを「支給期間」としてカウントします。このため、再発の可能性があったり、療養と回復を繰り返したりするような傷病であっても、これまでよりも長い期間、傷病手当金を受給できるようになりました。
Q.傷病手当金の受給期間が終わったあと、同じ病気で再度、受給できる?
再発の可能性がある傷病を患う場合、数年後に同じ傷病で傷病手当金を受給したい、というケースもあるでしょう。「通算1年6カ月」の受給期間を過ぎてから、数年後に同一の傷病で傷病手当金を受給することができるのでしょうか。
結論としては、一定期間以上、診療や投薬を受けておらず、復職して働くことができている場合には、「同一の傷病の再発」ではなく、「社会的治癒(※)後の新しい罹患」と捉えられ、傷病手当金を新たに申請・受給することができる可能性があります。一般的には、「1年程度の職場復帰」が目安として考えられますが、病気の種類によっても異なるので、加入している健康保険(協会けんぽや健康保険組合など)への確認をすると安心です。
ただし、傷病が別の部位に転移するなど、同じ病気の影響が続いていると判断された場合、同一の病として扱われる可能性もあります。たとえば、大腸がんを患って復帰したあと、肺への転移が見られた、というケースなどでは、原因が元の大腸がんにあるため、同一の病と判断され、新たな傷病手当金の申請が認められない、または支給期間が制限される可能性があります。こうした場合についても、加入している健康保険や医師への確認が重要でしょう。
※:医学的な完治ではなく、通常の社会生活を送ることができる状態。
Q.傷病手当金を受給すると、生命保険に加入できない場合がある?
生命保険の加入審査の際、生命保険会社は「傷病手当金を受給したかどうか」ではなく、「過去に特定の傷病にかかったことがあるかどうか」に注目しています。生命保険の加入と傷病手当金の受給は関係ないので、必要であれば傷病手当金の受給申請をして問題ないでしょう。
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Q.傷病手当金と有給休暇の取得、どちらを選べばいい?
有給休暇の場合、休んだ期間も給与が100%支払われます。一方、傷病手当金の場合、【支給開始日以前の継続した12カ月の各月の標準報酬月額を平均した金額÷30日×2/3】の金額が支払われるため、基本的に有給休暇のほうが大きな金額が支払われることになります。傷病手当金の申請の手間を考えると、短期の療養の場合には、有給休暇を取得したほうが合理的でしょう。
また有給休暇は、年度を跨いで最大20日繰り越し、40日まで保有できるのが原則で、消滅期限があるものです。療養が長期にわたる場合は、先に消滅期限の近い有給休暇を消化し、そのあとに傷病手当金を申請すると、傷病手当金の受給期間をより長く保つことができるでしょう。
Q.傷病手当金の申請を会社は嫌がる?
会社によっては、傷病手当金の申請に消極的な姿勢を示すケースもあるようです。理由としては、会社側が「経済的負担がある」と勘違いしている場合や、「労務管理への影響がある」と懸念している場合が挙げられます。
しかしながら、会社側は労働者の求めがあれば傷病手当金支給申請書を記載する義務があります。もし申請を拒否された場合には、社労士や弁護士のほか、加入している協会けんぽや健康保険組合などに直接相談してみましょう。また、労働局や労働基準監督署に設置された総合労働相談コーナーの総合労働相談員に相談することで適切な対応を受けることもできます。
Q.傷病手当金の受給中に退職はできる?
傷病手当金の受給中でも、退職することは可能です。退職した場合には、一定の要件を満たしていれば継続して傷病手当金を受給することができます。詳しくは以下で説明します。
Q.退職後でも傷病手当金を継続して受給できる?
退職すると、健康保険などの被保険者の資格を喪失します。ただし、一定の要件を満たす場合、退職後も傷病手当金を受給することができます。
一方で受給の条件を理解してないと、うっかり受給資格を失ってしまうこともあり得ます。退職間際の場合には、以下の条件を満たすように注意しましょう3)。
【退職後の傷病手当金受給の条件】
①退職日まで継続して1年以上の被保険者期間があること
②退職日に出勤していないこと
③失業手当を受けていないこと
④支給開始から1年6カ月以内であること
⑤退職日の前日までに連続3日以上の労務不能期間があること
特に注意したいのが、②です。ずっと療養のために休職していても、退職の挨拶のために出社をしてしまうと、受給資格を喪失してしまいます。また、傷病手当金を受給しながら、老齢年金などを受け取ると、傷病手当金が支給されない場合がある点も留意しておきましょう。
参考資料
Q.失業中に傷病手当金を受給できる?
厚生労働省によると、失業者(完全失業者)の定義は、以下の3つの条件を満たす人です4)。
【失業者(完全失業者)の定義】
①仕事がなくて、少しも仕事をしなかった(就業者ではない)
②仕事があれば、すぐ就くことができる
③仕事を探す活動や事業を始める準備をしていた(過去の求職活動の結果を待っている場合を含む)
つまり、失業者は「労務可能」であり、「仕事を探している」状態です。一方、傷病手当金の受給条件には、「療養のために今まで従事していた仕事ができない(労務不能)状態である」とあるので、矛盾が生じることになります。
在職中に傷病手当金を受給していた人が、退職してから就職活動をすると、「失業者」の定義に当てはまってしまうため、「労務可能」とみなされ、原則傷病手当金の受給資格を失います。
ただし、雇用保険の基本手当(いわゆる失業手当)の受給資格認定後に、病気やケガが原因で就職活動ができなくなった場合には、健康保険の「傷病手当金」は受給できませんが、雇用保険の「傷病手当」を受給することができます。
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参考資料
Q.傷病手当金を受給すると、就職や転職に影響する?
傷病手当金の受給自体は就職や転職に影響を与えません。ただし、傷病手当金を受給した理由である傷病が不利に働く恐れはゼロとはいえないでしょう。
なお、就職・転職活動で傷病手当金をもらったことを申告する必要はありませんが、面接で体調面などの質問をされた場合に傷病により休職した事実を隠すなどの虚偽申告をすると、内定取り消しなどになる可能性があることは覚えておきましょう。
Q.新型コロナウイルスが5類感染症に移行したけど、傷病手当金は受給できる?
結論からいうと、新型コロナウイルス感染症でも傷病手当金を受給することができます。自覚症状の有無にかかわらず「陽性」と判定され、療養のために仕事を休んだ場合も傷病手当金の対象となります5)。
ただし、濃厚接触者になった場合は、仕事ができない状態と認められない限り、傷病手当金の対象とはなりません。また、新型コロナウイルス感染症治癒後の自宅待機期間についても同様です6)。
なお、2023年5月8日に新型コロナウイルス感染症が2類相当から5類感染症に移行したことで、傷病手当金の申請時に提出する傷病手当金支給申請書の療養担当者意見欄に主治医の証明が必要になりました。これは、ほかの傷病による支給申請をする時と同じ手続きになります。
5類移行前は、臨時的に療養担当者意見欄の証明は不要でしたが、現在は必要な項目となるため、記入漏れに注意しましょう。
Q.適応障害で傷病手当金を受給した場合、デメリットはある?
何らかのストレスで医師から適応障害と診断され、休職することになった場合にも、傷病手当金を受給することができます。しかし、傷病手当金を申請する際に、勤務先に病名を知られてしまうのではと不安な人もいるのではないでしょうか。
傷病手当金の申請を会社に任せた場合は、そういった心配もありますが、自分で申請書を取得して郵送すれば、勤務先に病名を知られずに申し込みができます。
その方法は、以下になります。
【自分で傷病手当金を申請する場合】
①加入している協会けんぽや健康保険組合などのウェブサイトから健康保険傷病手当金支給申請書をダウンロードする
②申請書の本人記入欄に必要事項を記入する
③勤務先に郵送で提出し、必要事項を記入してもらい、必要書類と一緒に返送してもらう
④病院で主治医に傷病名や治癒内容を記入してもらう
⑤健康保険傷病手当金支給申請書を、加入している協会けんぽや健康保険組合などに郵送で提出する
傷病手当金の申請を会社に任せると、上記の流れではなく、以下のようになります。
【会社に傷病手当金の申請を任せる場合】
①勤務先から健康保険傷病手当金支給申請書を受け取る
②申請書の本人記入欄に必要事項を記入する
③病院で主治医に傷病名や治癒内容を記入してもらう
④勤務先に提出し、必要事項を記入してもらい、必要書類と一緒に加入している協会けんぽや健康保険組合などへ郵送してもらう
このように会社に任せた場合は、病名を記入した健康保険傷病手当金支給申請書を勤務先に提出することになります。傷病名を勤務先に知られたくない場合は、自分で申請を行うようにしましょう。
Q.傷病手当金をもらえないケースは?
以下の5つのケースに当てはまる場合、傷病手当金を受給できない可能性があります。傷病手当金を受け取ったあとにこれらに該当することが判明した場合、返金を求められることもあるため注意しましょう。
【傷病手当金を受給できないケース】
①給与の支払いがあった場合
②障害厚生年金または障害手当金を受給している場合
③老齢年金を受給している場合
④労災保険から休業補償給付を受けていた(受けている)場合
⑤出産手当金を同時に受給できる場合
ただし、これらのケースに当てはまる場合でも差額をもらうことができる可能性があります。詳しく知りたい人は以下の記事で説明しているので、併せてご覧ください。
【関連記事】傷病手当金の手取り金額の計算方法や併給できる給付について、詳しくはコチラ
有給休暇の取得がいい場合も。制度を理解して受給しよう。
再発の恐れがあったり、長期にわたる療養が必要だったりする傷病にかかった時、傷病手当金は経済的不安の軽減に役立ちます。ただし、療養が短期間の場合には有給休暇を取得したほうが合理的なケースもあるでしょう。
また、退職日の出社や就職活動など、思わぬことで受給資格を失ってしまう可能性があるので、受給中は行動を起こす前に知識がある人に相談・確認することをおすすめします。