この記事の監修者
岡 佳伸(おか よしのぶ)
社会保険労務士、法人 岡佳伸事務所代表。大手人材派遣会社、自動車部品メーカーなどで人事労務を担当した後に、労働局職員(ハローワーク勤務・厚生労働事務官)としてキャリア支援や雇用保険給付業務、助成金関連業務に携わる。現在は開業社会保険労務士として活躍。各種講演会講師および記事執筆、TV出演などの実績多数。特定社会保険労務士、キャリアコンサルタント、1級ファイナンシャル・プランニング技能士。
傷病手当金とは? 知っておきたい基礎知識
傷病手当金とは、健康保険などの被保険者が業務や災害以外の病気やケガで療養のため仕事を休み、給与などがもらえない時に申請・受給できる保険給付です1)。
受給のための条件は以下の3つになります。
【傷病手当金の受給条件】
①療養のために今まで従事していた仕事ができない(労務不能の)状態である
②休んだ期間の給与を支給されていない
③連続する3日間を含み4日以上、療養のために仕事を休んでいる
受給するには、健康保険の被保険者である必要があるので、自営業者は対象となりません。長期療養の場合、通算で1年6カ月間まで受給することが可能です。
傷病手当金を受給する条件は「3日連続の休み」
傷病手当金は、会社を休んだ日が連続して3日続いた上で、4日目以降、休んだ日に対して手当金が支給されます。この3日の連続した休みのことを「待機3日間」といいます。
〈図〉待機3日間の考え方
図の【例1】のように、「2日休んで、2日出社し、2日休んだ」といった場合は、合計で4日間休んでいますが、【例2】や【例3】のような3日連続の休みがないので、「待機3日間」が成立せず、支給の対象にはなりません。ちなみに、土日・祝日も「待機3日間」に含めることができます。
傷病手当金を受給できる期間はどのくらい?
傷病手当金は、「通算1年6カ月」の間、受給することができます。
以前は「支給開始日から1年6カ月」で、出勤をして傷病手当金が支給されない期間も支給期間に含まれました。しかし、健康保険法等が改正されたため、令和4年1月1日からは支給開始日から「最長1年6カ月」ではなく、「通算1年6カ月」に変更になりました2)。
〈図〉支給期間の考え方
つまり、出勤をして傷病手当金が不支給になる期間は支給期間として含まれないようになり、再発の可能性がある病気での受給にやさしい条件となりました。ただし、傷病手当金の支給開始が、令和2年7月1日以前である場合は、法改正前の支給開始日から「最長1年6カ月」の受給となります。
傷病手当金の受給金額を算出する計算方法は?
傷病手当金の1日当たりの金額は給与の額によって異なり、【支給開始日以前の継続した12カ月の各月の標準報酬月額を平均した金額÷30日×2/3】という計算式で算出します3)。
標準報酬月額とは、従業員の月々の給与を等級で表すもので、健康保険や厚生年金保険ではこの等級をもとに保険料や保険給付の金額を計算します。
〈図〉標準報酬月額の考え方
標準報酬月額は、その年の4~6月の3カ月間の給与の平均月額をもとに毎年7月1日に算出されます。上の図のように、申請のタイミングによって保険の給付額が変動することを留意しましょう。
図のように、2月からの支給の場合、前年の3月から支給月である2月までの金額で計算します。事例では9月に昇給を受けているので、標準報酬月額の平均額は以下の計算式で算出します。
【標準報酬月額の平均額】
(30万円×6カ月)+(32万円×6カ月)÷12カ月
なお、健康保険に加入して1年未満の場合、標準報酬月額は支給開始日の属する月以前の「直近の継続した各月の標準報酬月額」の平均、または協会けんぽの平均値である第22等級(30万円)、いずれか低い額で計算されます。
【関連記事】傷病手当金の金額は? 会社員と公務員との金額の違い、併給できる制度などの詳細はコチラ
傷病手当金受給のための申請、何をすればいい?
傷病手当金を受給するには、全国保険協会や保険組合などの保険者に申請をする必要があります4)。
申請するには、まず保険者から傷病手当金支給申請書を取り寄せます。申請書は、全国保険協会(協会けんぽ)などのウェブサイトからPDFで入手することができます。自分で「被保険者記入用(2枚)」を記入するほか、医師に「療養担当者記入用(1枚)」、勤め先に「事業主記入用(1枚)」の記入を依頼し、これらの書類を揃えてから、保険者に申請を行います。
「被保険者記入用(2枚)」には、住所、氏名、被保険者証の番号(保険証の番号)、振込先指定口座、療養のため休んだ期間や仕事の内容などを記入し、給与や年金の受給に関する質問に回答します。
「療養担当者記入用(1枚)」は休職期間中、労務不能であったことを医師に証言してもらう書類です。診療や入院の期間、症状や治療の内容、労務不能と認められた医学的初見などを記入してもらいます。
一方、「事業主記入用(1枚)」は、休職期間中、給与を支払っていないことを雇用主が説明するもので、勤務状況や賃金の支払い状況などを記入してもらいます。
支給申請は雇用主の企業を通して行うのが一般的ですが、保険者に直接郵送することも可能です。
なお、申請から振り込みまでどのくらいの時間がかかるのか、申請する時のコツなどは、以下の記事で詳しくご紹介しています。
【関連記事】傷病手当金は口座にいつ入る? 効率よく傷病手当金を申請するコツは? 詳細はコチラ
参考資料
退職後でも傷病手当金を受給できる?
退職をすると、健康保険などの被保険者の資格を喪失します。ただし、一定の要件を満たす場合、退職後も傷病手当金を受給することができます。
しかし、受給の条件を理解していないと、うっかり受給資格を失ってしまうこともあり得ます。退職間際の場合には、以下の条件を満たすように注意しましょう5)。
【退職後の傷病手当金受給の条件】
①退職日まで継続して1年以上の被保険者期間があること
②退職日に出勤していないこと
③失業給付を受けていないこと
④支給開始から1年6カ月以内であること
⑤退職日の前日までに連続3日以上の労務不能期間があること
特に注意したいのが、②です。療養のために休職していても、退職の挨拶のために出社をしてしまうと、受給資格を喪失してしまいます。また、傷病手当金を受給しながら、老齢年金などを受け取ると、傷病手当金は支給されない点も留意しておきましょう。
参考資料
失業中に傷病手当金を受給できる?
総務省によると、失業者(完全失業者)の定義は、以下の3つの条件を満たす人です6)。
【失業者(完全失業者)の定義】
①仕事がなくて、少しも仕事をしなかった(就業者ではない)。
②仕事があれば、すぐ就くことができる。
③仕事を探す活動や事業を始める準備をしていた(過去の求職活動の結果を待っている場合を含む)。
つまり、失業者は「労務可能」であり、「仕事を探している」状態です。一方、傷病手当金の受給条件には、「療養のために今まで従事していた仕事ができない(労務不能)状態である」とあるので、矛盾が生じることになります。
在職中に傷病手当金を受給していた人が、退職してから就職活動をすると、「失業者」の定義に当てはまってしまうため、「労務可能」とみなされ、傷病手当金の受給資格を失います。
ただし、雇用保険の基本手当の受給資格認定後に、病気やケガが原因で就職活動ができなくなった場合には、健康保険の「傷病手当金」は受給できないものの、雇用保険の「傷病手当」を受給することができます。
なお、傷病手当金に関しては、ほかの制度との兼ね合いから誤解されることがよくあります。「このケースだと傷病手当金はもらわないほうがいい?」と考えたら、以下の記事を読んでみてください。
【関連記事】傷病手当金、もらわないほうがいい? そんなよくある疑問を解決する記事はコチラ
参考資料
パートや派遣でも傷病手当金は受給できる?
令和2年5月成立の改正年金法による社会保険の適用拡大によって、令和4年10月からパート・アルバイトや派遣社員であっても、条件を満たす場合には傷病手当金を受給できるようになりました。適用対象となるのは、「従業員数101人以上の企業で働くパート・アルバイト」で以下の条件を満たした場合になります7)。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 月額賃金が8万8,000円以上
- 2カ月以上の雇用の見込みがある
- 学生ではない
なお、パート・アルバイトの場合には、「時給×1日の労働時間×年間所定労働日数÷12カ月」で標準報酬月額を算出します。
新型コロナウイルス感染症での自宅療養。傷病手当金を申請すべき?
新型コロナウイルス感染症を罹患した場合でも、もちろん傷病手当金は受給できます。
ただし、厚生労働省の調査8)によると、新型コロナウイルス感染症に関わる休暇の対応状況について、回答した約2,700社の企業では63.2%が「年次有給制度で対応することとした」と答えています。次いで、27.5%の企業が「既存の特別休暇制度で対応することとした」と回答しており、大半の企業が傷病休暇以外の手段を推奨していることがわかります。
傷病手当金を申請する場合には、上司などに療養期間を「欠勤」として扱ってもらうように申告する必要がある点にも注意が必要です。
さらに、原則として、医師に書類の記入を依頼するなどの手間が生じます。暫定的な措置として14日未満の期間の場合は支給申請書の記入のみ、14日以上の場合は療養状況申立書を添付するだけで医師や保健所の証明なしでも申請できる取り扱いがされています。
とはいえ、企業側の回答からも推察できるように、短期間の療養であれば、有給休暇などを割り当てる選択のほうが手軽でしょう。
【関連記事】新型コロナウイルス感染症に関する制度。詳細はコチラ
制度を理解して、療養期間には傷病手当金を活用しよう
傷病手当金は、業務や災害以外の病気やケガでの療養が長期にわたる時、経済的な不安を軽減してくれます。「通算1年6カ月」の受給が可能なので、再発の恐れがある病気の療養時にも役立ちます。もしもの時のために、そのしくみを理解して活用しましょう。