精神科専門医、臨床精神神経薬理学専門医である勝久寿(かつ ひさとし)先生の監修による「冬季うつ」の可能性を確かめるチェックリストとともに、症状の軽減につながる対処法や予防法をご紹介しましょう。
この記事の監修者
勝 久寿(かつ ひさとし)
人形町メンタルクリニック院長。医学博士。精神保健指定医、精神科専門医、臨床精神神経薬理学専門医、日本医師会認定産業医、日本精神科産業医協会・認定会員。著書に『「いつもの不安」を解消するためのお守りノート』。
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そもそも「冬季うつ」とはどんな病気?
そもそも「冬季うつ」とは、どのような病気なのでしょうか。はじめに、その概要について解説しましょう。
一般に「冬季うつ」と呼ばれることが多いこの病気ですが、医学的には「季節性感情障害(SAD/Seasonal Affective Disorder)」と名付けられています。夏季に症状が現れるタイプはまれなので、ここでは一般的な呼び方となっている「冬季うつ」という言葉で、解説させていただきます。
この病気は「冬季うつ」と呼ばれるとおり、ほとんどの場合は秋から冬(9〜3月まで)にかけて症状を訴える人が多くなります。また「季節性」という言葉からもわかるように、春になると自然に症状が軽快することが「冬季うつ」の大きな特徴といえます。
「冬季うつ」の症状が起こる原因や発症のメカニズムについては、まだはっきりとしたことがわかっていません。しかしこれまでの研究では、日照時間が減る秋から冬にかけて発症するため、外光のような強い光を体に浴びる時間が減ることが関係していると考えられています。これにより、概日リズム(1日のリズム)をつくる体内時計の乱れや感情や気分のコントロールにかかわる神経伝達物質・セロトニンが不足することが、「冬季うつ病」の原因と関係しているのでは? という説が有力なのです。
ちなみに「冬季うつ」に悩まされている人の割合は、ある調査によると欧米の場合では全人口の1~10%1)、日本の場合は全人口の2.1%2)とされています。欧米での患者数のばらつきは緯度の違いが影響していると考えられています。
欧米に比べれば、日本では珍しいといえるかもしれませんが、誰しもかかるリスクがある病気なので、注意をする必要があるでしょう。
参考資料
1)Meesters Y, Gordijn MCM:
Seasonal affective disorder, winter type: current insights and treatment
options. Psychology Research and Behavior Management. 2016 Nov 30;9:317-327
2)Okawa M, et al: Seasonal
variation of mood and behavior in a healthy middle-aged population in Japan.
Acta Psychiatr Scand 94: 211-216, 1996.
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あなたも当てはまる? 「冬季うつ」リスクチェックリスト
詳しい病状や改善策について解説する前に、あなたが悩まされている不調が「冬季うつ」による可能性が、どれくらいあるのかを確かめる、簡単なチェックをしてみましょう。
以下の項目について、少なくとも2シーズン以上、冬季だけに強く当てはまるものにチェックを付けてください。
〈表〉「冬季うつ」リスク簡易チェックリスト
項目 | チェック内容 |
---|---|
1 | 朝、起きるのが辛い日が増える |
2 | 昼寝をしたいと思うことが増える |
3 | 仕事に限らず、全体的にやる気が低下している |
4 | 体のだるさが一日中続く日が多い |
5 | 人と接することが面倒と感じる場合が多い |
6 | 白米やパン、甘いお菓子など、炭水化物を多く含む食べ物を選ぶ機会が増える |
7 | 特に午後から夜にかけて、甘い食べ物をほしくなることが多い |
8 | 「自分が幸福だ」と思うことが極端に少ない |
9 | 他の季節に比べ、冬は楽しいことが少ないと思う |
10 | 仕事や家事に時間がかかるようになっている |
【判断基準】
なお、このチェックリストはあくまでも簡易的なものです。結果にかかわらず、「自分は冬季うつではないか?」と心配している人や、気分の落ち込みが激しい人は、専門家に相談することを強くおすすめします。「冬季うつ」ではなくとも、うつ病の兆候である可能性があります。
「冬季うつ」でよく見られる特徴的な3つの症状
それでは、「冬季うつ」に特徴的な症状について解説しましょう。
「冬季うつ」もうつ病の一種ですから、基本的な症状は季節性ではないよく知られている一般的なうつ病(非季節性)と同様です。共通する主な症状は、以下となります。
〈表〉「冬季うつ」と「うつ病」に共通する症状
・気分が落ち込む ・不安やイライラする ・物事を楽しめなくなる ・何事にもおっくうになる ・集中力が低下する など |
しかし「冬季うつ」の場合には、一般的なうつ病とは異なる症状が強く出る傾向があります。具体的には、次の3つが「冬季うつ」ならではの症状といえます。
症状①睡眠時間が長くなる/1日中眠気が取れない
一般的なうつ病(非季節性)では不眠に悩まされる場合が多いのに対し、「冬季うつ」では逆に、過眠の傾向が強くなることが多くなります。朝起きるのが辛かったり、たくさん寝たはずなのに日中でも眠気が取れなかったりする場合には、「冬季うつ」の可能性も考えたほうが良いかもしれません。
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症状②食欲が大幅に増す/特に炭水化物、甘いものがほしくなる
通常よりも食欲が大幅に増す過食も、「冬季うつ」でよく見かける症状のひとつといえます。特に、炭水化物を多く含む食品や、甘い食べ物を午後から夜にかけて欲する傾向が強くなるのも、「冬季うつ」に特徴的といえるでしょう。そのため「冬季うつ」に悩まされる人は、顕著に体重が増加することも多いです。
症状③やる気が出なくなる/体がだるくなる
気持ちの面では、一般的なうつ病に比べて、気分の落ち込みよりも物事に対する意欲の低下が目立つ場合が多いです。また「冬季うつ」にあてはまる人の多くは、体を動かすのがおっくうになる倦怠感にも悩まされるようです。
ここに挙げた特徴的な症状に複数の心当たりがある人は、「冬季うつ」の可能性がありますので、医師に相談するなど早めのケアを心がけてください。重症化すると、冬季にかぎらず常にうつの症状に悩まされたり、双極性障害(躁うつ病)になったりする可能性も否定できません。
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「冬季うつ」になるリスクが高い人の特徴は?
うつ病やパニック障害などの精神疾患に悩まされる人は、一般的に女性に多いとされています。これと同じく、「冬季うつ」も、男性に比べ女性のほうが発症リスクは高いです。
ある研究によると「冬季うつ」は、男性に比べ4倍のリスクがある3)ともされています。また、どちらかというと高齢者よりも20代を中心とする若い世代に多く見られる傾向があるようです。
このようにリスクの差はありますが、一方で「冬季うつ」は性別や年齢にかかわらず、誰でもかかる可能性がある病気ということは、忘れないようにしてください。
参考資料
3)坂元薫:気分障害の季節性.臨床精神医学 26:1281-1293, 1997.
「冬季うつ」改善&予防に役立つ3つのポイント
一般的なうつ病(非季節性)に比べ、「冬季うつ」は秋から冬にかけての生活習慣を見直すことにより、症状の改善をうながすことができる病気といわれています。逆にいえば、生活習慣を見直すことが、「冬季うつ」の予防にもつながる、というわけです。それでは、秋から冬にかけて特に見直してほしい生活習慣のポイントをご紹介しましょう。
ポイント①毎朝1時間程度、外光を浴びる
先ほどもご説明したように、概日リズムをつくる体内時計の乱れや脳内伝達物質のひとつであるセロトニン不足が、「冬季うつ」を招く原因であるという説が有力です。それらの解消につながる対策はいくつかありますが、その中でも特に効果的なのが、強い光を毎日一定時間、体(特に顔)に浴びることです。
そこでおすすめしたいのが、一般的な室内照明に比べ遥かに照度が高い外光(太陽光)を浴びることです。たとえ曇天でも、室内照明よりもずっと強い光を浴びることができます。
外光を浴びる時間は1時間程度が目安となります。天気が良い日なら、30分程度でも効果を期待することができるでしょう。
外光を浴びるタイミングとしては、やはり1日の始まりとなる朝がおすすめです。可能であれば、毎朝散歩をしたり、ベランダで日光浴をしたりといった習慣を身につけてください。
ポイント②トリプトファンを多く含む食品を規則正しく摂る
セロトニンを分泌させるためには、材料となるトリプトファンというアミノ酸が必要になります。トリプトファンは体内でつくることができないので、食事によって補給する必要があります。
〈表〉トリプトファンを多く含む食材
乳製品 | 牛乳、チーズ、ヨーグルトなど |
---|---|
大豆製品 | 豆腐、納豆、味噌など |
魚類 | カツオ、マグロなど |
ナッツ類 | アーモンド、ピーナッツなど |
その他 | 肉類、バナナ、小麦胚芽、卵など |
基本的には、たんぱく質を多く含む食材であれば、なんでもOKと考えても良いでしょう。
大切なのはトリプトファンが必要だからといって、たんぱく質に偏った食事に偏らないように注意することです。たんぱく質だけでなく、エネルギーとなる炭水化物や脂質、食物繊維などをバランスよく摂ることができる食事を、可能であれば毎日3食摂るように心がけましょう。
忙しくてまとまった食事を摂る時間がない場合には、プロテインやアミノ酸系サプリメントで補うこともひとつの方法といえますが、過剰摂取すると内臓に負担をかけることになりますので、適量を守るよう十分注意してください。
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ポイント③冬の“良いところ”を積極的に探す
「冬季うつ」に悩まされている人は、冬に対してネガティブなイメージを抱きがちな傾向があります。しかし、こうした考え方が定着してしまうと、冬を迎えること自体にストレスを感じるようになるため「冬季うつ」を招く、もしくは、さらに悪化させる可能性があります。
そうした考え方を止めることも、「冬季うつ」の改善や予防に効果的といえます。まずは、悪いことだけでなく良いところもあわせて、冬のイメージをリストアップしてみましょう。並べてみれば、あなたにとって冬が決して悪いことばかりではない、ということがわかるはずです。
それがわかったら、今度はなるべく冬の良いところをイメージしてください。クリスマスやお正月といった楽しいイベントやウインタースポーツにも、積極的に参加してみましょう。このように、冬の良いところに目を向けていく習慣を身につければ、冬に対するストレスも徐々に改善されていくことでしょう。ちなみに、このような手順は「認知行動療法」と呼ばれる治療法の一種で、医師の間でも推奨されています。
「冬季うつ」の具体的な3つの治療方法を解説
一般的なうつ病(非季節性)に比べ、生活習慣の見直しにより症状の軽減や予防が期待しやすいことが「冬季うつ」の特徴ですが、症状が重い場合には、当然ながら医師の指導にもとづく治療が必要になります。
心療内科や精神科で「冬季うつ」の可能性が高いと診断された場合、症状の程度にあわせて主に以下のような治療が行われるのが一般的です。
治療①生活指導
治療を受ける人の生活スタイルをヒアリングしたうえで、適切な生活習慣に導くための指導を行います。こうした生活指導は、症状の重さにかかわらず続けられるのが一般的です。
治療②高照度光療法
強い光を浴びることで、概日リズムをつくる体内時計を整えたり、セロトニン不足を改善する効果が期待できることから、多くの場合すすめられるのが、太陽光に近い強さの光(目安としては2500から1万ルクス)を放つ専用機器を用いる「高照度光療法」です。
高照度光療法は、自宅で毎日1〜2時間程度(照度が高いほど短時間)行うのが基本となります。機器の価格は4万円程度までで、ネット通販でも簡単に入手できるため、レンタルではなく自費(公的保険の適用範囲外)で購入することになるのが一般的といえます。特に難しい操作が必要になるわけではないので、医師の指導を受ける前に、自分で購入して実践してみても良いでしょう。強い光を浴びるだけですから、副作用などの心配が少ない点も、高照度光療法のメリットといえます。
治療③薬物治療
症状が重い場合には、セロトニンの働きを強める効果が期待されるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの投薬治療をすすめられる場合もあります。「冬季うつ」の場合、薬物療法を中止すると症状が再燃しやすいため、冬季中は継続する必要があります。一方春以降は、自然に症状が軽快することと、薬によってそう状態(双極性障害)に移行しないためにも中止するのが一般的です。
「冬季うつかもしれない」と思ったら、早めのケアを心がけよう
何度か言及しているように、「冬季うつ」は生活習慣の見直しや高照度光療法などを実践することで、予防や改善を期待することができる病気です。また、春になれば症状が軽快する場合がほとんどですから、あまり悲観的にならないようにしましょう。
とにかく早めのケアを心がけることが、「冬季うつ」に悩まされないための秘訣となります。自分でできることを実践するのはもちろん、重症化を防ぐため、早めに専門家に相談することも忘れないようにしてください。
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