そこで気になるのが、年金を何歳からもらえばいいかという問題です。たとえば、60歳からもらう場合と65歳からもらう場合では、生涯にもらえる受給額はどれくらい変わるのでしょうか。
この記事では、ファイナンシャルプランナーの冨士野喜子さんの監修のもと、公的年金の繰上げ、繰下げ制度について説明します。さらに、60歳から年金をもらった場合に、65歳・70歳と比較してどのくらい受給額が違うのかも解説。受給開始年齢別の受給額シミュレーションをご紹介しているので、併せてご参照ください。
※この記事は、2024年4月15日に公開した内容を最新情報に更新しています。
この記事の監修者
冨士野 喜子(ふじの よしこ)
ふじのFP事務所代表、ファイナンシャルプランナー。教育出版会社、外資系生命保険会社を経て、2012年にFPとして独立。自身の結婚、妊娠、出産、子育ての経験を活かし、20~30代のライフプランニングを中心に活動。最近はラジオ出演や子ども向けのマネー講座の講師をするなど幅広い年代に向けてお金に関する情報発信を行っている。
年金受給額を増減する「繰上げ・繰下げ受給」とは

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公的年金(国民年金と厚生年金)のうち、老齢基礎年金と老齢基礎厚生年金(以下「年金」)は、原則として65歳から受給開始となります。しかし、希望すれば受給開始年齢を65歳より早くしたり、遅くしたりすることが可能です。
この制度を「繰上げ受給」「繰下げ受給」と呼びます。繰上げ、または繰下げ受給を選択することで、65歳から受給する場合に比べ、もらえる受給額は一定の比率で変化します。それぞれの場合について解説します。
繰上げ受給は1カ月あたり0.4%ずつ減額される
繰上げ受給を選ぶと、65歳になる前から年金をもらえるようになります。受給開始の時期は1カ月単位で選択し、最大で60歳(60カ月分)まで早めることができます。
ただし繰上げ受給にした場合、受給額は早めた月数に応じて、1カ月あたり0.4%ずつ減額されます1)(60カ月分/1962年4月2日以降生まれの人の場合)。
年金の受給を早める月数によって減額率は変化するので、2カ月早めると0.8%、12カ月なら4.8%というようにパーセンテージが増えていきます。つまり、60歳まで繰上げした場合は、65歳で受給開始する場合に比べ24%の減額になるわけです。
〈表〉繰上げ受給の減額率1)
繰上げ年齢 | 減額率 | 受給額 |
---|---|---|
60歳0カ月 | 24% | 76% |
61歳0カ月 | 19.2% | 80.8% |
62歳0カ月 | 14.4% | 85.6% |
63歳0カ月 | 9.6% | 90.4% |
64歳0カ月 | 4.8% | 95.2% |
65歳0カ月 | 0% | 100% |
たとえば、65歳から月額10万円の年金を受け取れる人が、60歳から繰上げ受給を選択した場合、1カ月あたりの受給額の減額率は24%になるので、もらえる年金の月額は、以下の計算式で求めることができます。
10万円×(100−24)%
=7万6,000円(受給額/月)
このように、繰上げ受給を選択すると毎月の受給額は減ります。しかし、最大5年分の年金を先にもらえるというメリットがあります。
繰下げ受給は1カ月あたり0.7%ずつ増額される

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繰下げ受給を選ぶと、65歳よりもあとから年金をもらえるようになります。受給開始の時期は1カ月単位で選択し、最大で75歳(120カ月分/1952年4月2日以降生まれの人の場合)まで遅くすることができます。
そして繰下げ受給にした場合、受給額は遅くした月数に応じて、1カ月あたり0.7%ずつ増額されます2)。
増額率は月数によって変化するので、2カ月遅くすると1.4%、12カ月なら8.4%というようにパーセンテージが増えていきます。つまり、75歳まで繰下げした場合は、65歳で受給開始する場合に比べ84%の増額になるわけです。
〈表〉繰下げ受給の増額率2)
繰下げ年齢 | 増額率 | 受給額 |
---|---|---|
65歳0カ月 | 0% | 100% |
66歳0カ月 | 8.4% | 108.4% |
67歳0カ月 | 16.8% | 116.8% |
68歳0カ月 | 25.2% | 125.2% |
69歳0カ月 | 33.6% | 133.6% |
70歳0カ月 | 42% | 142% |
繰下げ年齢 | 増額率 | 受給額 |
---|---|---|
71歳0カ月 | 50.4% | 150.4% |
72歳0カ月 | 58.8% | 158.8% |
73歳0カ月 | 67.2% | 167.2% |
74歳0カ月 | 75.6% | 175.6% |
75歳0カ月 | 84% | 184% |
たとえば、65歳から月額10万円の年金をもらえる人が、75歳から繰下げ受給を選択した場合、増額率は84%になるので、もらえる年金の月額は、以下の計算式で求めることができます。
10万円×(100+84)%
=18万4,000円(受給額/月)
このように、繰下げ受給を選択すると受給額は増えます。一方で繰下げた期間は、年金がもらえないというデメリットがあります。
なお、年金受給額の計算方法について詳しく知りたい人は、以下の記事も併せてご参照ください。
参考記事
60歳・65歳・70歳で年金をもらった場合、受給額はいくら変わる?

画像:iStock.com/mykeyruna
ここで気になるのは実際に繰上げ、繰下げをすると、65歳から受給した場合に比べ、年金受給額がどれくらい変化するのか? ということでしょう。
そこで、60歳まで繰上げした場合と、70歳まで繰下げした場合、そして75歳まで繰下げした場合の受給額をシミュレーションしてみました。
なお、基準となる65歳から受給開始した場合にもらえる毎月の受給額は、厚生労働省年金局が公表している資料に記載されている「老齢年金を受給している人の平均年金月額(14万7,360円)」で計算しています3)。
〈表〉65歳から受給開始した場合の想定年金受給額(平均)
老齢基礎年金(国民年金) | 5万7,700円 | |
---|---|---|
老齢厚生年金(厚生年金) | 8万9,660円 | |
合計 | 14万7,360円 |
※:1962(昭和37)年4月2日以降生まれの人の場合。
60歳から繰上げ受給した場合の受給額シミュレーション
60歳から繰上げ受給した場合、減額率は24%になります。実際の受給額は、以下の計算で求めることができます。
14万7,360円×(100−24)%
≒11万1,994円(受給額/月)
※:小数点第一位を四捨五入。
65歳から受給開始する場合と比べると、受給額は毎月約3万5,000円のマイナスになります。ただし5年先行してもらうことができるので、65歳までの間に約672万円の年金を受け取ることができます。
しかし65歳以降になると、その差は徐々に縮まっていきます。年齢ごとの差額を表にまとめると、以下のようになります。
〈表〉60歳から繰上げ受給した場合の累計額シミュレーション
受給開始年齢 | |||
---|---|---|---|
60歳 | 65歳 | ||
受給率(%) | 76% | 100% | |
月々の受給額(円) | 11万1,994円 | 14万7,360円 | |
65歳受給開始時との受給額(月間)の差 | 3万5,366円 | ― | |
1年間の受給額(円) | 134万3,928円 | 176万8,320円 | |
年金受給額の総額(円) | 65歳 | 671万9,640円 | ― |
70歳 | 1,343万9,280円 | 884万1,600円 | |
75歳 | 2,015万8,920円 | 1,768万3,200円 | |
80歳 | 2,687万8,560円 | 2,652万4,800円 | |
81歳 | 2,822万2,488円 | 2,829万3,120円 | |
82歳 | 2,956万6,416円 | 3,006万1,440円 | |
83歳 | 3,091万344円 | 3,182万9,760円 | |
84歳 | 3,225万4,272円 | 3,359万8,080円 | |
85歳 | 3,359万8,200円 | 3,536万6,400円 | |
85歳時点での年金受給額の差額(円) | -176万8,200円 |
表を見ればわかるように、80歳までは繰上げ受給を選択したほうが、累計で多くの年金をもらえます。しかし81歳以降になると、金額が逆転します。60歳から繰上げ受給した場合の損益分岐点は81歳(上の図の赤文字部分)ということになります。
年齢を重ねるごとに、65歳から受給開始した場合との差額は開いていきます。仮に85歳まで年金をもらった場合、60歳から繰上げ受給した場合は、累計で約176万円のマイナスとなります。
70歳から繰下げ受給した場合の年金受給額シミュレーション
70歳から繰下げ受給した場合、1カ月当たりの増額率は42%になります。実際の受給額は、以下の計算で求めることができます。
14万7,360円×(100+42)%
≒20万9,251円(受給額/月)
※:小数点第一位を四捨五入。
65歳からもらう場合に比べると、受給額は毎月6万2,000円のプラスになります。ただし5年遅く受給するので、65歳から70歳になるまでの間は年金をもらうことができません。65歳から受給開始した場合と比べると、70歳時点で約884万円の差があることになります。
しかし70歳以降になると、その差が徐々に縮まっていきます。年齢ごとの差額を表にまとめると、以下のようになります。
〈表〉70歳から繰下げ受給した場合の累計額シミュレーション
受給開始年齢 | |||
---|---|---|---|
65歳 | 70歳 | ||
受給率(%) | 100% | 142% | |
月々の受給額(円) | 14万7,360円 | 20万9,251円 | |
65歳受給開始時との受給額(月間)の差 | ― | 6万1,891円 | |
1年間の受給額(円) | 176万8,320円 | 251万1,012円 | |
年金受給額の総額(円) | 70歳 | 884万1,600円 | ― |
75歳 | 1,768万3,200円 | 1,255万5,060円 | |
80歳 | 2,652万4,800円 | 2,511万120円 | |
81歳 | 2,829万3,120円 | 2,762万1,132円 | |
82歳 | 3,006万1,440円 | 3,013万2,144円 | |
83歳 | 3,182万9,760円 | 3,264万3,156円 | |
84歳 | 3,359万8,080円 | 3,515万4,168円 | |
85歳 | 3,536万6,400円 | 3,766万5,180円 | |
85歳時点での年金受給額の差額(円) | ― | 229万8,780円 |
表を見ればわかるように、81歳までは繰下げ受給を選択しないほうが、累計で多くの年金を受け取れます。しかし82歳以降になると、金額が逆転します。70歳から繰上げ受給した場合の損益分岐点は82歳(上の図の赤文字部分)ということになります。
年齢を重ねるごとに、65歳から受給開始した場合に比べ差額は開いていきます。仮に85歳まで年金をもらうとすると、70歳から繰下げ受給した場合は、累計で約230万円のプラスとなります。
75歳から繰下げ受給した場合の年金受給額シミュレーション

画像:iStock.com/takasuu
75歳から繰下げ受給した場合、1カ月当たりの増額率は84%になります。実際に受け取る金額は、以下の計算で求めることができます。
14万7,360円×(100+84)%
≒27万1,142円(受給額/月)
※:小数点第一位は四捨五入。
65歳からもらう場合に比べると、受給額は毎月12万4,000円のプラスになります。ただし10年遅く受給するので、65歳から75歳になるまでの間は年金をもらうことができません。65歳から受給開始した場合と比べると、75歳時点で約1,768万円の差があることになります。
しかし75歳以降になると、その差が徐々に縮まっていきます。年齢ごとの差額を表にまとめると、このようになります。
〈表〉75歳から繰下げ受給した場合の累計額シミュレーション
受給開始年齢 | |||
---|---|---|---|
65歳 | 75歳 | ||
受給率(%) | 100% | 184% | |
月々の受給額(円) | 14万7,360円 | 27万1,142円 | |
65歳受給開始時との受給額(月間)の差 | ― | 12万3,782 円 | |
1年間の受給額(円) | 176万8,320円 | 325万3,704円 | |
年金受給額の総額(円) | 75歳 | 1,768万3,200円 | ― |
80歳 | 2,652万4,800円 | 1,626万8,520円 | |
85歳 | 3,536万6,400円 | 3,253万7,040円 | |
86歳 | 3,713万4,720円 | 3,579万744円 | |
87歳 | 3,890万3,040円 | 3,904万4,448円 | |
88歳 | 4,067万1,360円 | 4,229万8,152円 | |
89歳 | 4,243万9,680円 | 4,555万1,856円 | |
90歳 | 4,420万8,000円 | 4,880万5,560円 | |
90歳時点での年金受給額の差額(円) | ― | 459万7,560円 |
表を見ればわかるように、86歳までは繰下げ受給を選択しないほうが、累計で多くの年金をもらえます。しかし87歳以降になると、金額が逆転します。75歳から繰上げ受給した場合の損益分岐点は87歳(上の図の赤文字部分)ということになります。
年齢を重ねるごとに、65歳から受給開始した場合との差額は開いていきます。仮に90歳まで年金をもらうとすれば、75歳から繰下げ受給した場合は、累計で約460万円のプラスとなります。
繰上げ・繰下げ受給の注意点をチェック

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最後に繰上げ受給、繰下げ受給を選択する場合の主な注意点についてまとめました。
どちらの場合にも共通する特に大きな注意事項は、繰上げまたは繰下げ受給の申請は一度しかできないということです。たとえば、70歳で年金の請求手続きをして、あとからやっぱり75歳に変更したいといっても、変更することはできません。繰上げまたは繰下げ受給を申請する際には、くれぐれも開始時期を慎重に決めるといいでしょう。
繰上げ受給の注意点
申請が一度しかできない点を除く、繰上げ受給の主な注意点は以下の5点です1)。
①国民年金の任意加入、保険料の追納ができなくなる
国民年金を受給するためには、最低10年間(480カ月)分の保険料を納める必要があります。この条件を満たしていない場合には、過去10年分に限り不足分を追納することができたり、60歳を超えている場合には任意加入で不足分を収めたりできる救済措置があります。しかし、繰上げ受給を選択した場合には、この救済措置が利用できなくなります。
②国民年金と厚生年金の両方が同様に繰上げ受給となる
厚生年金に加入している人が繰上げ受給の申請を行う場合には、国民年金も同時に繰上げ受給となります。厚生年金分は60歳から、国民年金分は65歳からといった選択はできないので注意しましょう。
③障害年金が受給できなくなる
繰上げ受給を申請すると、受給開始日以降は病気やケガで所定の障がい状態となった場合にもらえる障害年金(障害基礎年金、障害基礎厚生年金)を請求することができなくなります。治療中の病気や持病がある人は、特に注意が必要です。
④遺族年金がもらえない期間が発生する
繰上げ受給を申請すると、65歳になるまでの期間は、被保険者が死亡した際に遺族へ支給される遺族年金を、老齢年金(老齢基礎年金、老齢厚生年金)と一緒に受け取ることができません。この場合、遺族年金か繰上した老齢基礎年金のいずれかを選択することになり、選択しなかった年金は支給停止となります。
⑤65歳まで働き続ける場合、年金が減額されることがある
65歳になるまでの期間、雇用保険に加入しており、基本手当や高年齢雇用継続給付金が支給される場合に繰上げ受給をすると、老齢厚生年金の一部または全額が支給停止になります。なお老齢基礎年金(国民年金)は、支給停止されません。
また、70歳未満の方が働きながらもらう年金の支給停止については、在職老齢年金制度があります。在職老齢年金制度の詳しい内容は以下の記事で解説していますので、併せてご覧ください。
繰下げ受給の注意点

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申請が一度しかできない点を除く、繰下げ受給の主な注意点は以下の4点です2)。
①国民年金と厚生年金は1回のみ、別々に繰下げ受給の申請ができる
繰上げ受給の場合と異なり、繰下げ受給は国民年金と厚生年金を別々に申請できることを覚えておきましょう。たとえば国民年金は70歳から、厚生年金は75歳からというように選択できるわけです。ただし、この場合も申請は1回限りとなります。
②加給年金をもらえない期間が発生する
加給年金とは、厚生年金の被保険者期間が20年以上ある人が65歳になった時、所定の条件を満たす配偶者や子どもがいる場合に加算される年金のことです。
また振替加算とは、加給年金の支給対象になっていた配偶者が老齢年金の受給資格を得た時(65歳になった時)に加給年金が打ち切られることから、加給年金に代わって配偶者自身の老齢基礎年金の金額に加算される制度のことです。
繰下げ受給を申請した場合、加給年金や振替加算は増額の対象にならないほか、受給開始年齢になるまでの「待機期間」は、加給年金や振替加算を受け取ることができなくなります。
③遺族年金、障害年金との兼ね合いで、繰下げしても増額にならない場合がある
受給開始までの待機期間中に、たとえば配偶者が死亡して遺族年金を受け取る権利が発生するというように、ほかの公的年金の受給権があると、その時点で増額率が固定されます。年金請求の手続きを遅らせても増額率は増えません。この時、増額された年金は、ほかの年金が発生した月の翌月分から受け取ることになります。
④医療保険や介護保険の保険料や税金が増える場合がある
老齢年金は課税所得となります。繰下げ受給を申請した場合、受給額が増えることで、増額分に応じて医療保険や介護保険の保険料や税金が増えることがあります。
【関連記事】税金の種類や金額の計算方法について、詳しくはコチラ
【コラム】繰下げ受給の待機期間中に死亡した場合は?
年金の受給開始までの待機期間中に死亡した場合、遺族は過去5年分までの年金を受け取ることができます4)。これを「未支給年金」と呼びます。
繰上げ、繰下げの選択はライフプランを立ててから

画像:iStock.com/miya277
年金の繰上げ受給を選択すれば、65歳よりも早く年金をもらうことができますが、長生きするほどトータルの受給額は減ります。一方、繰下げ受給を選択すれば、毎月もらえる金額は増えますが、ある程度長生きをしなければ、トータルの受給額を増やすことができません。
このように繰上げ受給、繰下げ受給には、それぞれメリットとデメリットがあります。受給開始時期に対する考え方は、その人のライフプランによって決まるといえるでしょう。公的年金だけに頼らず、老後の働き方を考えたり、私的年金も視野に入れたりしながら、早いうちから適切なライフプランを立てるようにしましょう。