そんな、残念な未来を回避するにはどうすればいいのでしょうか? 激しいトレーニングではなく、習慣の見直しや簡単なエクササイズで、なんとかならないものか……?
中年太りや運動機能低下のリスクが高まる10年後から逆算して、今日から変えられる日常の行動を指南する本連載。第3回目は、運動機能の低下を緩やかなものにするためのポイントについて、パーソナルトレーナーの澤木一貴さんに伺いました。
お話を聞いた人
澤木一貴さん
パーソナルトレーナー。SAWAKI GYM代表取締役。1971年生まれ。大手フィットネスクラブトレーナー、整形外科病院でのスポーツトレーナー課主任などを歴任。現在は新宿区早稲田にパーソナルトレーニングスタジオをかまえ、指導にあたる。メディアや講演会を通じ、様々な健康情報も発信。
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使うか、失うかの原則
大学のラグビー部で共に汗を流したA君とB君。左右のウイングとして活躍した現役時代からおよそ10年、今も毎週ジム通いを続けるA君に対し、B君は一切の運動をやめてしまっています。その結果、2人の運動機能は大きな差が生じていました。
30代半ばにして体がキレキレのA君は、子供の運動会における父親参加競技で無双状態。片や、どうにも動きが鈍いB君は我が子にカッコ悪い姿を見せてしまいました。
なぜ、こうまで差が開いてしまったのでしょうか?
「当たり前のことですが、体の機能は使わなければ失われていきます。これを僕は『使うか、失うかの原則』と呼んでいます。運動に関わる機能でいうと、人間の速筋繊維や反射神経などは緩やかに低下していきます。ですから意識的に速い動きを行なっていないと、そのうちにゆっくりとした動きしかできなくなってしまいます。しかし、多くの人はそれに気づきません」(澤木さん、以下同)
世に「運動会で転ぶお父さん」が多いのも、“動けた頃”のイメージと現状に大きなギャップがあるから。気持ちだけが先走り、体が置き去りにされてしまうようです。
まずは日常の動きの質を高めていく
運動機能を維持するには、定期的な運動習慣を身につけるのが一番です。それが難しければ、日常におけるちょっとした意識づけで衰えを緩やかにすることも可能になります。
「最もシンプルな方法だと、『速く歩く』こと。これだけでも速筋繊維の維持につながります。また、反射に関しては、横断歩道の信号待ちで“反応トレーニング”ができますよ。信号が赤から青に変わった瞬間、いかに素早く一歩を踏み出せるか。自分の中だけでタイムトライアルをしてみましょう。“目で見て”、“脳で感知して”、“体を動かす”という一連のつながりを鍛えることができます」
澤木さんに言わせれば、運動機能を刺激する機会は日常に転がっているそう。通勤途中や会社内の移動すら、トレーニングに変えてしまえるといいます。
「例えば、オフィスの階段を降りる際、意識的にリズミカルに降りてみる。それだけで、敏捷性を鍛えるアジリティトレーニングになります。あるいは感覚神経から運動神経への伝達を鍛えるために、日頃からいろいろなことに気配りをするというのもいいかもしれません。オフィスにゴミが落ちていたらサっと拾う。飲み会でテーブルが汚れていたら素早く拭く。何でもいいんです。反応を鍛えるゲームだと思ってやってみてください。あわよくば、よく気がつく人だと周囲の評価が上がるかもしれませんよ(笑)」
無意識化のステージへ
このように日常の動きをトレーニング化する第一歩は、意識してひとつひとつの動きを変えていくこと。そして、最終的に“無意識化”させるところまで持っていくことができればベストです。
「僕らがお客さんにパーソナルトレーニングを行う際にも、無意識で体に良い動きができるようになるまで徹底的に指導します。そこまでいけば、トレーナーが見ていないところでも高い運動効果が得られる動きが自然に行われ、体が劇的に変わっていくからです」
無意識化での行動に至るまでには、次の4つのステージがあると言います。
〈表〉無意識での行動を身につけるまでの4ステージ
ステージ1 | 正しい動きができていないことさえ、理解していない状態 |
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ステージ2 | 正しい動きができていないが、原理は理解している状態 |
ステージ3 | 意識すれば、正しい動きができる状態 |
ステージ4 | 意識しなくても、正しい動きができる状態 |
「ほとんどの人は、1から2のステージにすらたどり着けません。徐々にできないことが増えていることに気づけていないんです。気づくためには、やはり自分の体に敏感になることで、その方法としてジムでトレーナーに見てもらったり、体の動きにまつわる本を読んだりするのが有効だと思います」
体型であれば、見た目で分かりやすく衰えを実感することができます。しかし、運動機能については低下の速度が緩やかなこともあり、意識しづらいもの。まずは体の現状を知り、“動けるお父さん”になるためにも日常の動きの質を高めていきたいところです。
イラスト:杉崎アチャ
この記事の著者
榎並紀行
編集者・ライター。水道橋の編集プロダクション「やじろべえ」代表。マネー、住まい・暮らし、グルメ、旅行、ビジネス系の取材記事・インタビュー記事などを手掛けます。
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