結論から言うと、産休の前に有給をくっつけて取得することは可能です。ただし、給与や出産手当金の支給、社会保険料の負担などに影響が出る可能性があります。
この記事では、ファイナンシャル・プランナー原絢子さんの監修のもと、産休と有給の制度上の関係を踏まえながら、給与や出産手当金への影響、有給をくっつけるメリット・デメリット、スケジュールの立て方などをわかりやすく解説します。
※:この記事では、“有給休暇”のことを「有給」と表現しています。
この記事の監修者

原 絢子(はら あやこ)
FPサテライト株式会社 所属FP。大学卒業後、翻訳・編集業務に従事。金融とは無縁のキャリアを積んできたが、結婚・出産を機にお金の知識を身につけることの大切さを実感。以来、ファイナンシャル・プランナーとして活動を始める。モットーは「自分のお金を他人任せにしない」。自分の人生を自分でコントロールするためには、お金について学ぶことが必要との思いから、執筆・監修、セミナー講師などを通して、マネーリテラシーの重要性を精力的に発信している。
産休と有給、くっつけたら給与や出産手当金はどうなる?

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制度上、産休前に有給をくっつけて早めにお休みに入ることは可能です。ただし、給与や出産手当金、社会保険料の負担などに影響が出る可能性があるため、事前にしくみを理解しておくことが大切です。
そもそも産休とは?
産休とは、労働基準法で定められた制度で、「産前休業」と「産後休業」に分かれています1)。
【産前休業】
・出産予定日の6週間前(多胎妊娠の場合は14週間前)から取得可能
・取得するかどうかは本人の任意
【産後休業】
・出産日の翌日から8週間
・原則として就業禁止。ただし、6週間経過後に本人が希望し、医師の許可がある場合は就業可能
産前休業は本人の意志で取得するものですので、産前休業の代わりに有給を取得することも可能です。一方、産後休業期間は就業が禁止されていますので、有給を取得することはできません。
産休期間中は原則として会社から給与は支払われませんが、健康保険に加入していれば「出産手当金」を受け取ることができます。
給与と出産手当金の関係
出産手当金は、健康保険の被保険者が出産のために仕事を休み、その間に給与の支払いがない場合に支給されるお金です2)。
【対象期間】
出産予定日の6週間前(多胎妊娠は14週間前)から、出産翌日以降8週間以内
【支給額】
1日あたりの支給額 =(過去12カ月の標準報酬月額の平均 ÷ 30)× 2/3
注意したいのは、出産手当金は「給与の支払いがない場合」に支給されるという点です。産休期間中に有給を取得すると、その期間は給与が発生するため、有給取得日は出産手当金が支給されません。
たとえば、出産予定日が10月15日の場合、出産手当金の対象期間は「9月4日から」になりますが、もし9月4日〜8日を有給とすると、その5日間の出産手当金はもらえないということになります。
【2025年4月から「出生後休業支援給付金」がスタート】3)
2025年4月から新たに「出生後休業支援給付金」が始まりました。育休中に支給される「育児休業給付金」に上乗せする形で支給され、手取りベースで給与の100%相当を確保できる制度です。
産休中の出産手当金とは直接関係ありませんが、育休の取り方や今後の収入を検討する上で重要な制度ですので知っておきましょう。
社会保険料や税金はどうなる?
産休と有給をくっつけた場合、社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)や税金(所得税・住民税)の支払いはどうなるのでしょうか?
産休期間中は社会保険料が免除されます4)。社会保険料は日割り計算されないため、保険料の免除期間は「産休の開始月」から「産休終了日の翌日の属する月の前月」までとなっています。
また、産休期間に支給される出産手当金には、税金が課されません。ただし、住民税は前年の所得に応じて翌年支払うしくみになっているため、前年に所得があれば産休中も住民税の支払いは必要です。つまり翌年度の住民税の計算において、出産手当金は課税対象にならないというわけです。
一方で、有給期間中は通常どおり給与が支給されるため、基本的には社会保険料や税金を負担する必要があります。
〈表〉産休期間と有給期間の社会保険料・税金の負担
支給されるお金 | 社会保険料 | 税金 | |
---|---|---|---|
産休期間 | 出産手当金(給与の約2/3) | 免除 | 免除(前年分の住民税の支払いは必要) |
有給期間 | 給与 | 支払い必要 | 支払い必要 |
ただし、社会保険料は月単位で発生するため、産休と有給をくっつけた場合、有給が産休開始日と同じ月にあれば、社会保険料は免除されます。
たとえば、産休開始日が9月4日で、有給をくっつけて8月25日から早めに休みに入る場合、8月分は社会保険料が発生しますが、9月分は免除されることになります。
〈図〉社会保険料の発生する月

産休前に有給をくっつけるメリット・デメリット

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産休前に有給をくっつけた場合のメリットとデメリットについても確認しておきましょう。
主なメリットは2つ
産休前に有給をくっつけると、以下のようなメリットがあります。
①早めに休みが取れる
出産が近づくにつれて、体調の変化や精神的な不安を感じることも少なくありません。有給を活用すれば、法定の産休開始日よりも早く休みに入ることができるため、仕事のストレスから解放され、リラックスして出産に臨むことができます。
②出産準備に時間を使える
妊娠後期は健診の回数も増え、入院準備やベビー用品の購入など、やるべきことが多くなります。有給を活用すれば、時間に余裕をもって出産準備を進められます。
かえってデメリットになることも
一方で、産休前に有給をくっつけることには、以下のようなデメリットもあります。
①有給の残日数が減る
産休前に有給を多く使ってしまうと、産休・育休明けの復職後に有給が足りなくなる可能性があります。子どもの急な発熱や通院、行事参加など、復職後も有給が必要になる場面は多いため、有給は復職後を見据えて計画的に使うようにしましょう。
②職場との調整が必要な場合がある
有給は原則として自由に取得できますが、繁忙期など職場の都合で希望どおりに取得できない場合もあります。事前に職場と調整しておくことが大切です。
【シミュレーション】産休前に有給をくっつけた場合の収入は?

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産休前に有給をくっつけた場合、収入はどうなるのか気になる方もいるかもしれません。有給期間中は基本的に給与が100%出ます。一方、産休期間中は給与の約2/3程度の出産手当金が支給されます。
月収30万円(手取り24万円)の人の場合で、具体的な金額を確認してみましょう。
【月収30万円(手取り24万円)の人の場合】
・出産予定日:2025年10月15日
・産休開始日:2025年9月4日(出産予定日の6週間前)
・有給期間:2025年8月28日~9月3日
◆ 2025年8月の収入:給与30万円(手取り24万円)
8月28日~31日は有給期間のため、給与は通常どおり支払われ、社会保険料や税金も通常どおり負担します。
◆ 2025年9月の収入:給与4.5万円+出産手当金18万円(手取り22.5万円)
9月1日~3日は有給期間のため、給与が支払われます。
有給期間の給与(1日あたり):30万円÷20日=1万5,000円
1万5,000万円×3日間=4万5,000円(※)
9月4日~30日は産休期間のため、出産手当金が支給されます。
1日あたりの支給額:30万円÷30×2/3=約6,700円
6,700円×27日間(産休の日数)=約180,000円
なお、9月4日から産休に入った場合、9月分の社会保険料は発生しません。また、給与4万5,000円は課税対象ですが、少額のため、ここでは考慮しません。
※:有給期間の給与は通常賃金で計算する方法(月給÷当該月の所定労働日数)で算出
◆ 2025年10月の収入:出産手当金20.7万円(手取り20.7万円)
10月15日までは産前休業、16日からは産後休業となるため、いずれも出産手当金が支給されます。
6,700円×31日間(産休の日数)=約20万7,000円
社会保険料と税金は免除されますので、これがそのまま手取りとなります。
産休と有給をくっつけるスケジュールの立て方

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ここからは、産休前に有給をくっつける場合のスケジュールの立て方について解説します。
産休開始日の計算と有給取得日の決め方
まずは、出産予定日を確認しましょう。産休は出産予定日の6週間前(多胎妊娠の場合は14週間前)から取得可能ですので、出産予定日から逆算して、産休の開始日を把握します。
例:出産予定日が2025年10月15日の場合
妊娠の種類 | 出産予定日 | 産休開始日 |
---|---|---|
単胎妊娠 | 2025年10月15日 | 2025年9月4日 |
多胎妊娠 | 2025年10月15日 | 2025年7月10日 |
つぎに、有給を何日使うかを決めましょう。一般的に休業日(土日や祝日)は有給には含めません。
以下の表は、有給の取得日数によって、最終出勤日がどのように変わるかを示したものです。自分の有給の残日数や希望に応じて調整しましょう。
スケジュール例:出産予定日が2025年10月15日、単胎妊娠の場合
取得する休暇 | 休業開始日 | 最終出勤日 |
---|---|---|
産休のみ | 2025年9月4日 | 2025年9月3日 |
有給5日+産休 | 2025年8月28日 | 2025年8月27日 |
有給10日+産休 | 2025年8月21日 | 2025年8月20日 |
【関連記事】産休はいつから取れる?平均取得日数や取得の流れについて、詳しくはコチラ
産休前に有給をくっつける時の準備と心構え

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産休前に有給をくっつける場合、通常より早く休みに入ることになります。そのため、産休についての相談や業務の引き継ぎ、社内手続きを早めに進めておくことが大切です。
有給残日数の確認と復職後の働き方をイメージ
有給を使って早めにお休みに入る場合、まずは有給の残日数をしっかり確認しましょう。復職後も有給が必要になる場面は多いため、有給をどのタイミングでどのくらい使うかを検討しておくことが大切です。
また、産休や育休の期間中に消滅してしまう有給はないかも確認しておきましょう。有給は付与されてから2年で消滅してしまいます。産休や育休の期間中に消滅してしまう有給がある場合は、産休前に積極的に使うことも選択肢となります。復職後の働き方やライフスタイルをイメージしながら、計画的に有給を活用しましょう。
【チェックリストで確認】業務の引き継ぎとスケジュール調整
通常よりも早めに業務の引き継ぎやスケジュール調整を済ませる必要があります。以下のチェックリストを参考に、引き継ぎ準備を進めましょう。
【チェックリスト】
・有給+産休の開始日を明確にする
・引き継ぎ期間・スケジュールの調整
・担当業務の洗い出し
・引き継ぎ資料の作成
・社内手続きの確認
・休業中の連絡体制
上司や人事に相談するタイミングと伝え方
引き継ぎや人員調整の都合もあるため、有給をくっつける場合は早めに上司や人事に相談しましょう。伝える際には、有給の取得理由を明確にし、妊娠週数や出産予定日、休暇開始希望日をセットで伝えるとよいでしょう。
【伝え方の例】
「現在、妊娠〇週で、出産予定日は〇月〇日になります。体調を考慮して、産前休業に入る前に有給を〇日ほど取得したいと考えています。そのため、〇月〇日を最終出勤日として、〇月〇日からお休みに入らせていただければと思います……」
社会保険や住民税などの手続きの準備
産休期間中の社会保険料は、会社が手続きを行うことで免除されます。通常は、会社に産休の取得を申し出た際に、出産手当金の手続きと併せて社会保険料免除の案内もされることが多いのですが、念のため早めに担当部署に確認し、必要な手続きを依頼しておくと安心です。
一方で、住民税は前年の所得に基づいて課税されるしくみのため、前年に所得があれば、産休中であっても支払い義務があります。給与の支払いがない期間は、源泉徴収が行われない場合もあるため、自分で納付しなければならないケースもあります。事前に会社に確認し、準備を進めておきましょう。
産休と有給に関するよくある質問

画像:iStock.com/takasuu
最後に、産休と有給に関連してよくある質問をまとめました。
Q1.産休中も有給を取れるの?
結論から言うと、産休中に有給を取得することは基本的にできません。ただし、産前休業は、本人からの請求により適用される任意の休業です。そのため、産前休業を請求せずに通常の勤務扱いとしている期間であれば、有給を取得することができます。
一方で、産後休業は、原則として就業が禁止されており、本人の希望にかかわらず休業しなければなりません。この期間中は法律上、働くことができないため、当然ながら有給を取得することもできません。
Q2.出産予定日にズレが生じた場合はどうなるの?
出産予定日は医師の診断をもとに設定されますが、実際の出産日は前後にずれることが一般的です。これに伴って、産休期間や出産手当金の支給期間にも多少の影響があります。
予定日より早く出産した場合、産後休業が前倒しで始まり、産前休業が短縮されます5)。出産手当金の支給期間も、これに応じて短縮されます。
逆に予定日より遅れて出産した場合は、産後休業の開始が遅れ、その分、産前休業が延長されます5)。延長された産前休業期間も、出産手当金の対象に含まれます。
【例:出産予定日が10月15日だった場合】
・予定日どおり出産した場合
産前休業期間:9月4日〜10月15日(6週間)
産後休業期間:10月16日〜12月10日(8週間)
・予定日より早く出産した場合(10月10日)
産前休業期間:9月4日〜10月10日(予定より5日短くなる)
産後休業期間:10月11日〜12月5日(8週間)
・予定日より遅れて出産した場合(10月20日)
産前休業期間:9月4日〜10月20日(予定より5日長くなる)
産後休業期間:10月21日〜12月15日(8週間)
なお、予定日より早く出産した場合で、予定日を基準とした産前休業開始日前に労務に従事しなかった期間があった時は、実際の出産日を基準に産前休業開始日を変更することができます5)。つまり、産休の前に有休をくっつけていた時は、産前休業開始日が前倒しされる可能性があります。
たとえば、上記の例で、予定日より早く10月10日に出産した場合、有給を利用して8月25日から休んでいた時は、8月30日(実際の出産日である10月10日の6週間前)を産前休業開始日とすることができます。これに伴い、社会保険料の免除月や出産手当金の対象期間も変わってきます。
産休と有給を賢く組み合わせて、安心して休みに入ろう
産休の前に有給をくっつけて取得することで、心と体にゆとりをもって出産に備えることができます。産休や有給の制度を正しく理解し、自分にあったスケジュールを立てれば、手元に残るお金をできるだけ多く確保することも可能です。
スムーズにお休みに入るためには、職場との相談や業務の引き継ぎ、そして社会保険や住民税に関する手続きなども、早めに進めておくと安心です。育休や復職後の働き方まで視野に入れて、無理のない計画を立て、安心して出産の日を迎えられるようにしましょう。