前回の記事では、自分自身のストレス度合いを知り、心の病の予兆に気づく方法を学びました。では、もし「うつ病」と診断された場合、回復までにどの程度の時間とお金がかかるのでしょうか?

「症状を悪化させないために休職も必要」とはいうものの、どのくらい休んだら社会復帰できるのか、具体的に知りたいところです。

連載「心の病とお金の話」の第3回目のテーマは「うつ病の治療プロセス」について。事例を通して、想定される治療費に関しても、詳しく聞いてきました。

お話を聞いた人

勝 久寿先生

人形町メンタルクリニック院長。医学博士。精神保健指定医、精神科専門医、臨床精神神経薬理学専門医、日本医師会認定産業医、日本精神科産業医協会・認定会員。著書に『「いつもの不安」を解消するためのお守りノート』。
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基本は“薬”と“精神”の2大療法。考え方のクセを直す治療もある

画像1: 基本は“薬”と“精神”の2大療法。考え方のクセを直す治療もある

――精神科やメンタルクリニックで「うつ病」と診断されたら、どのような治療を行っていくのですか?

心を回復させるために休息を促すことに加え、主に「薬物療法」と「精神療法」を行います。この2つは、重症度にかかわらず実施されるのが一般的ですね。

〈図〉うつ病の主な治療

画像2: 基本は“薬”と“精神”の2大療法。考え方のクセを直す治療もある

――心の病でも、薬を使うのですね。もう1つの「精神療法」とは、どんな治療でしょう?

患者さんの話を聞いたり、話をしてもらったりして、患者さんの心理面に介入する治療法です。特に治療の開始時に大切だといわれる、支持的精神療法は「精神療法」の基本です。

患者さんの話を医師が共感的な態度で聞き、感情を言葉で表現することを促します。これにより、心の動きを病前の状態に回復させ、現状に適応できるようにすることが目的です。

――なるほど、カウンセリングのようなイメージですね。他にも方法があるんですか?

精神療法は様々な種類があり、病院やクリニック、医師によって手法は異なりますが、「認知行動療法」がスタンダードになってきています。

うつ病で自信を喪失し、悲観的な思考が定着している人や、元々うつ病になりやすい思考のクセがある人を対象に行う精神療法です。

具体的には、人が意識的にコントロールできる認知(思考)と行動を修正することで、考え方や行動の悪循環を断ち、ストレスによる心や体の反応を改善していきます。

例えば、「あなたの悩みと同じことを同僚から相談されたら、どう答えますか?」と聞いて、自分の状況を客観的に捉えさせたり、ネガティブな思考の根拠を書き出してもらったりします。

少なくとも職場復帰までは3カ月、復職後も1年間は継続治療が必要

――いざ治療が始まったら、どのくらいのスパンで通院するものなのでしょうか?

初期は、1週間に1回程度と考えましょう。ただ、重症度が高くなるにつれて、負担の少ない環境や集中的な治療が必要になるため、入院が必要になることがあります。

また、家族間でのストレスが大きい場合や、単身者でサポートしてくれる人がいない場合も、入院を検討します。

――抱えている仕事や職場復帰のことを考えると、入院や休職に踏み切るのは怖いかも…。やっぱり休職期間は長くなるんですか?

重症度や回復具合によって様々ですが、うつ病の場合、職場復帰までに少なくとも3カ月は要すると考えましょう。また、回復といえる状態になるまでには、仕事をしながら1年以上の治療を続けていくことになります。

職場復帰が不安な場合は、復職前のリハビリとして「リワークプログラム」を行うこともあります。これは、決まった時間に決まった施設に赴き、複数人とコミュニケーションを取ったり、仕事に近い軽作業をこなしたり、うつ病について学んだりするものです。3カ月ほど通い、週5日通えるようになると復職、というステップが一般的です。

うつ病による休職〜復職まで。会社員Aさんの場合

――治療の内容はわかったのですが、具体的な治療プロセスをイメージしにくいです…。何か具体例はありませんか?

それでは1つ事例を紹介しましょう。ただし、これはあくまで治療プロセスの一般的な例です。必ず事例の通りになるというわけではないので、参考と考えてくださいね。

うつ病で休職した会社員Aさん(30歳)の場合

画像2: 心の病とお金の話#3 復帰までの道のりは? うつ病治療にかかるお金のシミュレーション

【治療概要】

  • 休職期間:6カ月
  • 回復までの期間:休職から18カ月
  • 治療内容:精神療法、薬物療法
  • そのほか:リワークプログラム(休職期間の内3カ月)

【休職までの経緯】

管理職に抜擢されたAさんは、几帳面な性格から部下に細かく指示を出してしまい、関係がギクシャク。その結果、自身で仕事を抱え込んでしまい、ストレスを感じ始める。さらに早朝出勤や深夜残業が続き、胃の痛みやもたれを感じるようになり、内科を受診するも、問題は見つからない。

その2カ月後には落ち込みや不眠の症状が現れ、意欲低下から仕事も滞り、ストレスが強くなっていく。心配した上司の勧めで、3カ月後に精神科を受診し、うつ病と診断され、休職に至る。

〈図〉Aさんの治療プロセス

画像3: 心の病とお金の話#3 復帰までの道のりは? うつ病治療にかかるお金のシミュレーション

●治療開始直後
治療のために休職をしたAさんは、週に1回通院し、症状の緩和と心身の疲労回復を目標に「精神療法」と「薬物療法」をスタート。

●治療開始2カ月
症状は軽快し、認知行動療法を含むストレスへの対処方法を身につける治療を始める。日中は散歩や友人との食事も無理なく行えるようになり、休職している環境では問題なく生活できるように。ただ、復職には自信が持てず、仕事に対する不安も強かった。

●治療開始4〜6カ月
円滑な復職と再発予防のため、治療開始4カ月目から「リワークプログラム」を利用。最初は週3日から始めて、5カ月目から6カ月目までは週5日通えるようになる。リワークの期間の通院は、2週に1回。

●治療開始7カ月(復職)〜18カ月
約6カ月の休職期間を経て、復職。産業医より残業及び出張禁止の就業措置がなされ、2週に1回の通院も継続。復職2カ月目から徐々に就業制限が緩和され、4カ月目には通常勤務に戻る。5カ月目からは通院も月1回のペースになり、復職12カ月目に治療が終了。

Aさんの場合、治療期間18カ月で自己負担は7万6,000円

画像: Aさんの場合、治療期間18カ月で自己負担は7万6,000円

――時系列に沿っていくと、治療内容やプロセスがさらにわかりやすくなりました!…ところで、それぞれの期間の医療費は、いくらくらいかかりそうですか?

Aさんの場合、通院のたびに1種類の薬を処方していました。また、治療が長期間を有する場合に、医療費の自己負担分が1割になる「自立支援医療制度」を利用していたので、そのケースでおおよその計算をしてみましょう(利用しない場合、自己負担分は3割)。

〈図〉Aさんのうつ病治療費

画像: 青グラフは各月の治療費。オレンジの折れ線グラフは治療費の総額。

青グラフは各月の治療費。オレンジの折れ線グラフは治療費の総額。

〈表〉Aさんのうつ病治療費(月額)

期間月額費用
休職1〜3カ月3,300円
・診療料:2,000円(500円×4回)
・薬代:1,300円(325円〈1週間分〉×4回)
休職4カ月11,600円
・診療料:1,000円(500円×2回)
・薬代:1,000円(500円〈2週間分〉×2回)
・リワーク料金:9,600円(800円×3日×4週)
休職5〜6カ月18,000円
・診療料:1,000円(500円×2回)
・薬代:1,000円(500円〈2週間分〉×2回)
・リワーク料金:16,000円(800円×5日×4週)
復職1〜4カ月2,000円
・診療料:1,000円(500円×2回)
・薬代:1,000円(500円〈2週間分〉×2回)
復職5〜12カ月1,300円
・診療料:500円
・薬代:800円(4週間分)

ちなみに、休職期間のAさんには傷病手当金が給付されます。それまでの月収(標準報酬月額)が30万円とすると、3分の2の20万円が支払われることになりますね。

――休職から復職まで18カ月を通しても76,000円程度なんですね。かなりの額になるかと思っていましたが、ホッとしました。

そうですね。もちろん、先ほどお伝えした通り、この費用はあくまで一例です。処方内容や薬局の調剤技術料、ケア施設の規模など、様々な要素によって変わります。「自立支援医療制度」を利用するための診断書などでも費用が発生するので、トータルの医療費はもう少し増えると考えておきましょう。

――ちなみに、入院が必要になる場合はどのくらいかかるのでしょうか?

入院が必要になる場合は、3割負担で1カ月20万円以上かかることがあります。ただし、「高額療養費制度」(※)を利用すれば、医療費の自己負担分は定められた限度額までに抑えられます。

※ひと月にかかった医療費の自己負担分が一定額を超えると、超過分が後で払い戻される制度。例えば、年収約370万円~約770万円の人は、ひと月の限度額が80,100円+(医療費-267,000円)×1%となる。

「高額療養費制度」は入院に限らず、医療費全体を合わせた額が対象になります。つまり、限度額以上の医療費はかからないと考えていいでしょう。とはいえ、休職や入院に至ってしまうと、仕事復帰が大変なので、気になったら早めに受診して、早めの回復を目指しましょう。

――回復には時間がかかりますが、治療に専念できるセーフティネットがあることがわかって安心しました。先生、ありがとうございました!

イラスト/沼田健

この記事の著者

有竹亮介

ライター。ジャンルを問わず幅広く活動中。好きなものはJ-POP、舞台・ミュージカル、アニメ映画。30歳を過ぎてから、お金に関することに不安感を抱くようになり、ちょっとずつちょっとずつ勉強中。
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