前回、人形町メンタルクリニックの精神科医・勝 久寿先生に「他の病気と同じように、心の病も重症化する前に受診した方が回復は早い」と、教えてもらいました。
とはいえ、「会社に行きたくない」「なんだか気分が落ち込む」といった症状は、健康な時でも抱くことの多い感情。早期発見どころか、「自分は心の病かも!」とは気づけなさそうですよね。よく耳にするうつ病や適応障害は、自覚につながる独特な症状があったりするのでしょうか?

そこで、連載「心の病とお金の話」の第2回目は、「心の弱り度を測る方法」をテーマにお送りします。今回も、勝先生にお話を聞いてきました。

お話を聞いた人

勝 久寿先生

人形町メンタルクリニック院長。医学博士。精神保健指定医、精神科専門医、臨床精神神経薬理学専門医、日本医師会認定産業医、日本精神科産業医協会・認定会員。著書に『「いつもの不安」を解消するためのお守りノート』。
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身体症状が長く続き、会社に行けなくなったら要注意!

画像: 身体症状が長く続き、会社に行けなくなったら要注意!

――「仕事に行きたくないなぁ」とか「なんか気分が上がらない…」って、誰でも感じることだと思うんですが、心の病は自覚できるのでしょうか?

適応障害やうつ病の症状の多くは、どなたでも体験するストレス反応と共通しています。さらに、肩こりや胃痛、不眠など、身体的な症状の方が目立つこともあるので、自分で気づくことは困難といえるかもしれません。

――やっぱり自覚しづらいのですね…。とはいえ、症状は知っておきたいものです。

そうですよね。それに、適応障害はストレスへの過剰反応、うつ病は慢性的なストレスから生じると考えられていることから、ストレスに対する反応を知っておくことは大切。心、体、行動に、次のような症状が現れます。

<表>ストレスから生じる主な症状

不安、緊張、イライラ、憂うつ、情緒不安定、意欲の低下、集中力の低下など
動悸、息切れ、首や肩の凝り、頭痛、めまい、倦怠感、不眠、胃痛、吐き気、便秘、下痢、食欲低下・亢進など
行動
遅刻・早退・欠勤の増加、仕事の効率の低下やミスの増加、飲酒・喫煙の増加、人間関係のトラブルの増加など

これらの症状が強くなり、会社に行けなくなるなど、社会生活が困難になった時は「適応障害」を疑う必要があります。強い症状が2週間以上ほぼ毎日、1日中続く時は「うつ病」を疑いましょう。

――どの症状もよくあるものだけど、生活に支障をきたすほどのレベルになったら危険ということですね。勝先生のクリニックの患者さんは、どんなきっかけで受診されることが多いですか?

適応障害の場合は、仕事のことを考えたり、出勤しようとしたりすると、ストレス反応が強くなって会社に行けなくなり、比較的早く受診される方が多い印象です。会社を休みがちになった結果、有給がなくなり、会社から勧められて受診される方もいます。

一方、うつ病は、初期に胃痛、倦怠感、腰痛などの身体症状が目立つことが多く、まず内科などを受診される傾向にあります。

原因がわからないので、症状が改善せず、意欲や集中力の低下から仕事がはかどらない。そのため、さらにストレスが増すという悪循環に陥りやすいのです。そのような不調に気づいた周囲の人から勧められて、クリニックを受診される方が多いように感じます。なかには、職務の責任を果たせないことに悩んで、クリニックにいらっしゃる方もいます。

なお、自覚症状の段階だと、見分けがつきにくいですが、「適応障害」と「うつ病」は治療の方針が異なるので、どちらに該当するかを知ることは重要です。早めに察知することが大切ですね。

「職場での疲労蓄積度」が、心の病の早期発見のヒントに

――うつ病を自覚するのは、至難の業かもしれないですね。そもそも、自分がストレスを感じていることに気づかないこともありそうですが、気づくためのヒントはありませんか?

ストレスの度合いは、厚生労働省が出している「労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」が参考になると思います。これまでの医学研究の結果などに基づいて、仕事による負担度が判定できます。

〈図〉労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト

画像: 「職場での疲労蓄積度」が、心の病の早期発見のヒントに

負担度の点数が2~7の人は、疲労が蓄積している可能性が高く、チェックリストの「勤務の状況」で点数が高い項目を改善する必要があるといえます。睡眠や休養を見直すことも大切です。

――もし、負担度が高かった場合、心の病にまで発展している可能性もないとはいえませんよね。その判断ができるようなチェックリストはないんですか?

精神科医が参考にするチェックリストや診断方法はありますが、心の病は「チェックリストで当てはまる項目が少ないから軽症」とは言い切れません。現れている症状が少なかったとしても、その症状が重く、適切な治療を要する場合もあります。

「労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」で負担度が高く、前述したような症状が長く続いたり、徐々に悪化したりするのであれば、精神科やメンタルクリニックを受診した方がいいと思います。

適応障害は「仕事を続ける」、うつ病は「仕事を休む」が回復のカギ

画像: 適応障害は「仕事を続ける」、うつ病は「仕事を休む」が回復のカギ

――チェックリストなどを通じて、「疲労が溜まっているな」「心が弱っているな」と感じたら、どう対処したらいいでしょうか?

まずは、自分でコントロールできる範囲で、ストレス量を減らすことが必要です。そのためには、家族や同僚の理解が欠かせません。誰かと一緒に荷物を持つとラクになるのと同様に、誰かのサポートがあると、ストレス反応や症状は弱まります。

特に適応障害の場合は、仕事量を対応できる範囲まで少なくしたり、サポートを付けたりすることが大切です。ただし、仕事や職場への恐怖心を強めないためにも、仕事は完全に回避しない方がいいと思います。仕事を休めば、一時的に症状は軽減しますが、しばらくすると仕事や職場への恐怖を繰り返し思い起こすようになり、ストレス反応が強まってしまうからです。そうなると、職場復帰しにくくなってしまいます。

ストレスは強すぎると障害になりますが、適度なものはストレス耐性の向上につながります。また、サポートを受けながら業務や上司とのコミュニケーションを継続し、そのなかで成功したり褒められたりすると、ストレス状況に対する恐怖心を克服できることもあるんですよ。

――では、うつ病の疑いがある場合も、仕事は続けた方がいいですか?

いえ、うつ病の回復には、休息が必要です。そもそもうつ病は、ストレスに抵抗して頑張り続け、数カ月かけて発病していくもの。つまり、うつ病になった時点で、もう頑張れなくなっている状態なのです。職場でサポートを得ることはもちろん、医師から「中等症以上のうつ病」と診断された場合は、症状を悪化させないためにも休職を検討しましょう。安心して休息できる環境を整え、実務の負担を十分に軽減することが大切です。

また、うつ病になると自分自身を否定的に捉え、将来についても悲観的に考えてしまうことから、退職などの重要な決断を急いでしまうことがあります。回復した時に後悔しないよう、このような決断を先延ばしにすることも重要です。

「遅刻・欠勤」「飲酒量の増加」は心が弱っているサイン

――症状を改善させるためには、周囲のサポートが欠かせませんね。適応障害かうつ病かによって働き方が変わるように、周りの対応も変わりそうな気がします。

その通りです。身近な人が適応障害であれば、負担を減らすため、相談に応じる姿勢が大事です。叱咤激励せずに精神的にサポートしながら、ストレスになっている環境を調整し、実務的にも支えることが重要だと考えます。

ただし、当人の適応力を過小評価して、過剰な同情や支援、配慮をすることは避けたいところです。主体性を奪い、現実逃避的な反応を助長してしまい、回復を妨げる恐れがあるので注意しましょう。

――家族や同僚がうつ病になった場合は、逆にしっかり休息を取らせてあげた方がいいでしょうか?

おっしゃる通り、うつ病はストレスを排除しなければ、回復しません。さんざんストレスを我慢してきた結果なので、「もうちょっと頑張ってみよう」と声をかけるのはNG。サポートするだけでなく仕事から解放してあげることが重要なので、より積極的に休職を考える必要があります。

早い段階でうつ病に気づき、まだ症状が軽いようであれば、当人がゆっくり過ごせるように、仕事量を減らすなどの対応も有効だと考えられます。

――いざという時にサポートし合うためには、普段から身近な人とコミュニケーションを取り、支え合える関係を作ることも大事だといえそうですね。

コミュニケーションを取っていれば、周りの人の異変に気づくことができますし、その気づきは、心の病の早期発見においてとても大切なことなんです。

人は心が弱ってきた時に、朝起きるのが辛くなったり、遅刻や欠勤が増えたりします。また、心配事や将来への不安、自己否定感の強まりをまぎらわすため、飲酒量が増えることもあります。こうしたサインに気づくことができれば、心の病になる前にサポートできます。

「あの人、いつもの雰囲気と違うな」と感じるような行動が2週間以上続く、または悪化が見られる時は、精神科やメンタルクリニックの受診を提案してあげましょう。自分を責める発言が現れた時は、自殺を考えている可能性もあるため、特に注意が必要です。

――家族や同僚の行動に違和感を抱いたら、注意深く見ることが大事ですね。では、万が一「心の病」になってしまった場合にどんなステップで回復を目指すのでしょう? 次回は、治療について教えてください!

イラスト/沼田健

この記事の著者

有竹亮介

ライター。ジャンルを問わず幅広く活動中。好きなものはJ-POP、舞台・ミュージカル、アニメ映画。30歳を過ぎてから、お金に関することに不安感を抱くようになり、ちょっとずつちょっとずつ勉強中。
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