この記事では、民間の医療保険の加入を検討している人に向けて、ファイナンシャルプランナーの荒木千秋さん監修のもと、民間の医療保険の必要性について解説します。加入メリットや選び方、注意点なども説明します。
「医療保険は必要ない」といわれる理由
「医療保険は必要ない」という意見には、つぎの理由が挙げられることが多いようです。以下で詳しく説明します。
公的医療保険で十分だから
「民間の医療保険が役に立った」という実感を得られるのは、長期入院や先進医療などで高額の医療費がかかった場合などでしょう。しかし、生命保険文化センターの調査1)によると、過去5年間にケガや病気で入院した人は回答者の16.7%に過ぎません。
〈図〉直近の入院時の入院日数
5年以内に入院した場合も47.3%の人が入院日数は7日以下と回答しており、入院が短期間の人が約半数を占めていました。さらに「直近の入院時の自己負担費用」の平均は19.8万円で、全体の69.6%が20万円未満でした。このように医療保険の負担が家計を圧迫する金額になる確率が低いため、公的医療制度で十分と判断する人も少なくないでしょう。
もちろん、病気やケガの種類によって入院費の金額は大きく異なります。代表的な傷病別の入院費の目安を具体的に知りたい人は、以下の記事で詳しく紹介しているので、ぜひ併せてご覧ください。
高額療養費制度が利用できるから
「医療保険は必要ない」という意見の人は、入院が長期にわたったり、治療費が高額になったりしても、「高額療養費制度が利用できる」と考えている場合も少なくありません。
高額療養費制度2)とは、公的医療保険制度の加入者に対し、医療機関や薬局の窓口で支払う医療費が1カ月で上限額を超えた場合、その超えた金額を支給する制度です。上限額は年齢や収入によって異なります。69歳以下の場合を見ていきましょう。
〈表〉69歳以下の人の上限額
適用区分 | ひと月の上限額(世帯ごと) |
年収約1,160万円~ | 25万2,600円+(医療費-84万2,000円)×1% |
年収約770~約1,160万円 | 16万7,400円+(医療費-55万8,000円)×1% |
年収約370~約770万円 | 8万100円+(医療費-26万7,000円)×1% |
~年収約370万円 | 5万7,600円 |
住民税非課税者 | 3万5,400円 |
仮に年収450万円の人が14日間入院し、総額100万円の医療費が発生した場合、支払う金額は以下になります。
〈図〉高額療養費制度
実際の自己負担額は、8万7,430円になります。医療費が高額になっても高額医療費制度を利用すれば困る金額にはならない、と判断する人がいるのも納得です。
貯蓄でカバーができるはずだから
前述のように、高額療養費制度を活用すれば、ある程度の金額が公的医療保険制度でまかなえます。ただし、高額療養費制度では、入院時の食事代や患者の希望によってかかる差額ベッド代、先進医療にかかる費用などは支給の対象ではありません。
とはいえ、こうした費用に困らないだけの貯蓄がある人は「医療保険は必要ない」と考えるかもしれません。家計調査報告3)によると、2人以上の世帯における2022年の1世帯あたりの貯蓄現在高(平均値)は、1,901万円でした。それだけの貯蓄がある場合、マイホーム購入や老後の生活費など、将来的な資金繰りを考えなければ、ひとまずは医療費が高額になってもカバーできる、と考えても不思議はないでしょう。
そもそも医療保険とは?しくみを簡単に説明
医療保険とは、病気やケガの入院・手術にかかる費用に備える目的で加入する保険商品です。主な保障は、入院した時に受け取る「入院給付金」と、手術の際に受け取ることができる「手術給付金」に分けられます。
さらに、自分の目的に応じた保障を「特約」として組み合わせることもできます。代表的なものとしては、女性特有の病気に備える「女性疾病保障特約」や、特定の病気に備える「生活習慣病入院特約」「がん入院特約」、先進医療に該当する治療を受けると対象になる「先進医療特約」などがあります。
前述の高額療養費制度を利用した場合、受診した月から支給までに少なくとも3カ月程度がかかります。一方、医療保険の場合はおおむね申請から1週間程度で給付金を受け取ることができます。
医療保険のしくみについて、さらに詳しく知りたい人は、以下の記事で説明しているので、ぜひ併せてご覧ください。
医療保険に加入するメリット
確かに高額療養費制度を活用すれば、公的医療保険だけでもある程度の金額までは医療費をまかなうことは可能です。しかし、それだけではカバーできない支出や負担もあり、それを軽減するには民間の医療保険が役立ちます。民間の医療保険に加入するメリットは、以下の3つです。それぞれについて詳しく説明します。
自分に合った治療や環境が選びやすくなる
前述したように、高額療養費制度では、食費や居住費、差額ベッド代などの費用は支給の対象になりません。しかし、民間の医療保険に加入していれば、入院した際には入院給付金を受け取ることができます。その使用目的は自由なので、公的医療保険の対象外となる費用の支払いに充てることも可能です。
また、「先進医療」の技術料(※)も公的医療保険制度では対象外で、全額が自己負担になります。先進医療とは、公的医療保険の対象にするかを評価する段階にある治療・手術などです。ある程度の実績を積んで確立されると、厚生労働省に「先進医療」として認められます。2022年8月1日時点で、先進医療は82種類となっています。以下はその一例4)です。
※:通常の治療と共通する部分(診察・検査・投薬・入院料など)の費用は、一般の保険診療と同様に保険給付されます。
〈表〉先進医療技術の技術料
先進医療技術 | 技術料(1件あたり平均額) | 平均入院期間 | 年間実施件数 |
タイムラプス撮像法による受精卵・胚培養 | 3万2,558円 | - | 1万5,832件 |
陽子線治療※ | 269万2,988円 | 14.9日 | 1,293件 |
腹腔鏡下スリーブ状胃切除術及び十二指腸空腸バイパス術 | 72万3,742円 | 11.8日 | 12件 |
民間の医療保険に加入し、先進医療特約を付けていれば、公的医療保険制度だけでは全額自己負担となる技術料がカバーされます。“もしも”の時に選択の自由があるのは加入メリットといえるでしょう。
家計の負担を軽減することができる
民間の医療保険に加入している場合、「生命保険料控除」5)を受けることができます。
〈表〉生命保険料控除の金額
年間の支払保険料など | 控除額 |
2万円以下 | 支払保険料などの全額 |
2万円超4万円以下 | 支払保険料など×1/2+1万円 |
4万円超8万円以下 | 支払保険料など×1/4+2万円 |
8万円超 | 一律4万円 |
年末調整や確定申告で申請をすれば、所得税から還付金が戻ってきたり、これから支払う所得税や住民税の負担が軽減されたりします。
また、その年の1月1日から12月31日までの間に負担した医療費が10万円を超える場合、医療費控除の対象になります6)。
〈表〉医療費控除の計算式
(実際に支払った医療費の合計額-保険金などで補てんされる金額)-10万円
=控除される金額(最高200万円)
併せて申請すると、家計への負担がさらに軽減されるでしょう。
心理的な不安を軽減することができる
大きな病気やケガをしない場合、医療保険は使わないまま保障期間を終える可能性がある保険です。掛け捨て型の場合には長期間保険料を支払っても返戻金がないこともありますので、その点から「医療保険は必要ない」と考える人もいるでしょう。
しかし、「もしもの時が不安」と感じている人にとっては、民間の医療保険に加入しない限り、その不安は軽減されないという側面もあります。保険を損得ではなく、リスクに対する対処策と考えれば、“もしもの不安”を軽減できるのは加入メリットといえるでしょう。
医療保険が不要な人の特徴
民間の医療保険が不要なのは以下のような人です。
- 貯蓄や資産が十分にある
- 勤め先の社会保険で、すでに十分な保障がある
前述のように貯蓄や資産が十分にある場合は、民間の医療保険に頼らなくても、“もしもの不安”に対応できるでしょう。また、勤め先の社会保険や福利厚生が手厚い場合も、入院や手術によほどの金額が必要になったり、治療が長期化したりしない限りは困ることは少ないでしょう。
医療保険が必要な人の特徴
民間の医療保険が必要なのは以下のような人です。
- 貯蓄が少ない・苦手
- 自営業
貯蓄が少ない人や苦手な人は“もしもの不安”に自助努力だけで対応するのが難しいでしょう。貯蓄型の保険を選んで、家計の負担にならない額の保険料を支払うようにすれば、たとえ医療保険を使うことがなかったとしても、老後資金などの資産形成に役立てることができます。
国民健康保険に加入している自営業の人の場合も、それだけでは“もしも”の保障が十分ではない可能性があります。民間の医療保険に加入し、就業不能特約などを付けることで、病気で働けない間の給与補てんをするほか、国民健康保険では保障されないリスクをカバーするのも一手です。
医療保険の種類をわかりやすく解説
ここでは代表的な2つの保険商品である「医療保険」と「がん保険」について紹介します。「がん保険」はがんに特化した保険です。がんにかかった時の治療に備える内容で、先進医療を受けたり、がんと診断された時点で給付金を受け取ったりとニーズに応じた特約も様々に用意されています。
▶︎参考になる保険例
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一方、医療保険は保障期間や保険金の支払い方などでいくつかのタイプに分かれます。
①終身型or定期型
②掛け捨て型or貯蓄型
③既往歴の告知が必要かどうか
それぞれの特徴については、以下の記事で詳しく紹介しているので、ぜひ併せてご覧ください。
医療保険の選び方をアドバイス
民間の医療保険を選ぶ時、どんなことを考えるべきでしょうか。検討すべきポイントは考える順で以下の4点です。
①どのような内容にするか
②いくら受け取りたいか
③どのようにいくら支払うか
④いつまで必要か
医療保険を選ぶ際にはさらに、年代やライフステージも考慮に入れる必要があります。年代別の保険の選び方を知りたい人は、以下の記事で詳しく紹介しているので、ぜひ併せてご覧ください。
医療保険に入る時の注意点
保険の内容や受け取り金額、保障期間などを選んだ上で確認すべき点を説明します。
長期入院の場合の適用範囲を確認する
民間の医療保険には、1回の入院ごとの「支払限度日数」と「通算支払限度日数」があります。
「支払限度日数」は、1回の入院あたり給付金を請求できる入院日数の上限です。30日、40日、60日、120日、180日のうち、いくつかを選択肢として用意している保険が一般的です。特定の病気で入院した場合は、支払限度日数が延長されたり、無制限になったりするタイプもあります。
「通算支払限度日数」はその保険自体での入院日数の上限で、700日、730日、1,000日、1,095日などがあります。
入院が長期化した場合、「支払限度日数」や「通算支払限度日数」を超えた分は、入院給付金の対象から外れてしまいます。加入前に日数の上限はきちんと確認し、必要十分な日数を保険料とのバランスを見て選びましょう。
医療保険の支払対象外ケースをチェックする
医療保険の給付金は、約款に書かれている「支払事由」にあてはまれば受け取ることができます。しかし、「病気やケガの原因が保険契約の前にあった場合」や「告知書で過去の病歴を正しく告知していない場合」などは医療保険の支払対象外となります。美容整形、飲酒運転のような交通違反による事故、出産における正常分娩なども同じく支払対象外です。契約前にしっかりと約款を読み、判断が難しい点はしっかりと保険会社に確認しましょう。
損得勘定ではなく、リスク管理として考える
保険料が家計に与える負担や「損をしないか」という考えで、「医療保険は必要ない」と考える人も少なくはないでしょう。しかし、保険はいつ起こるかわからないリスクや将来の不安を軽減する対処策であり、損得勘定で計算ができるものではありません。選び方次第では、将来の資金づくりや家計の負担軽減にも役立ちます。リスク管理や資産運用の観点で、改めて民間の医療保険に着目してみましょう。