そんな疑問を解消するべく、税理士の芝 尊子(しば たかこ)さん監修のもと、年末調整をしなかったらどうなってしまうのか、対処方法も含めて解説します。年末調整の意味を知ると、その重要性と会社への感謝を感じられることでしょう。
この記事の監修者
芝 尊子(しば たかこ)
大貫会計事務所代表・税理士。外資系企業向けアウトソーシング会社にて12年勤務。独立後は個人及び法人向け起業支援、融資や補助金・助成金などの資金調達のアドバイスも積極的に行い、外資系企業を含む中小企業向けに税務・会計・給与・支払業務などを一括アウトソーシングするサービスを提供しトータルでサポートすることを得意とする。自身が一児の母ということもあり女性が活躍できる職場環境を整えることにも重点を置き、女性ならではのきめ細かいサービスを強みとする。
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そもそも年末調整って何のためにやるの?
年末調整は、なぜ毎年行われるのでしょうか? まずは基礎知識から押さえていきましょう。
理由1:「所得税を精算」するため
会社員や公務員は、毎月あらかじめ所得税が天引きされた給与を受け取っています。この所得税、本来はその年の1月から12月にかけての1年間の収入が確定しないことには、税額が確定しないものです。そのため、毎月の給与からは概算で出された金額が天引きされています。このように、会社があらかじめ給与から所得税を天引きすることを「源泉徴収」と呼びます。
そして、年間の収入が確定する12月に改めて所得税を計算し、概算で天引きしてきた金額との差額を調整するのが「年末調整」です。
ほとんどの場合、源泉徴収では想定より多めに所得税を天引きしているため、年末調整は払いすぎていた税金が還付されるものと考えていいでしょう※。
※ただし、近年は給与所得控除の上限引き下げなどの理由で、高所得者の場合には、還付されるよりも追加で所得税を納付することが多くなっています。詳しくは後述します。
対象は「12月31日時点で会社に所属している人」
年末調整の対象となるのは、原則として「12月31日時点で会社に所属している人」です。つまり、正社員であってもアルバイトであっても、会社から給与を受け取っていれば対象となります。
さらに厳密に言うと、「年末調整の際に会社から配布される『扶養控除等(異動)申告書』を提出している人」が対象です。この申告書を提出しないと、年末調整はしてもらえません。
会社に所属している人の中でも、一部例外があります。下記に当てはまる人は、年末調整の対象外になります。
〈表〉年末調整の対象外になる場合
・給与収入が年間2,000万円を超える場合
・その会社での業務が副業である場合(2カ所以上から給与を受け取っていて、ほかの勤務先に「扶養控除等(異動)申告書」を提出している場合)
※その他、年の途中で死亡した場合、出国した場合などの例外あり
理由2:「所得控除」を受けるため
年末調整は、「所得控除」を受けるための手続きでもあります。所得控除とは、課税の対象となる所得額から一定の金額を差し引き、支払う税額を少なくすることです。
年末調整の際に申告をすれば、下記の所得控除を受けることができます。
〈表〉年末調整で受けられる所得控除
- 基礎控除
- 配偶者控除
- 配偶者特別控除
- 扶養控除
- 所得金額調整控除
- 障害者控除
- 寡婦(寡夫)控除
- 勤労学生控除
- 生命保険料控除
- 地震保険料控除
- 社会保険料控除
- 小規模企業共済等掛金控除
- 住宅借入金等特別控除
「控除」の種類が多いので、関係する人が多いものについて説明します。
「基礎控除」はすべての人が受けられる控除です。もともとは全国民が一律38万円の控除を受けられたので、申告が必要ありませんでした。しかし、令和2年から所得に応じて控除額が変わるようになったため、申告が必要になりました。
生命保険や地震保険などに加入している場合は、保険会社から発行される「控除証明書」を添付することで、「生命保険料控除」や「地震保険料控除」を受けることができます。
要注意なのが「住宅借入金等特別控除(通称、住宅ローン控除)」です。住宅ローンの返済を開始した1年目は、確定申告が必須になるため、年末調整だけでは控除が受けられません。その後、税務署から住宅ローン控除の範囲となる期間の申告書が届き、2年目以降その申告書を会社に提出すると、年末調整で控除を受けられるようになります。
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年末調整の基本:申告書と注意点とは?
年末調整に必要な3つの「申告書」
年末調整の際に必要な書類は3つあります。それぞれについて見ていきましょう。
〈表〉年末調整に必要な申告書
- 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書
- 給与所得者の基礎控除申告書 兼 給与所得者の配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書
- 給与所得者の保険料控除申告書
・「扶養控除等(異動)申告書」
扶養控除とは、子どもや親、親族を養っている場合に受けられる控除のことです。「扶養控除等(異動)申告書」は、その年の12月31日時点での状況を事前に申告するものです。配偶者やその他の家族を扶養として申告する場合、その年分の配偶者や家族の方の所得を見積って書く必要があります。
・「基礎控除申告書」
基礎控除申告書は所得が2,500万円を超える人を除き、全員が提出します。また、配偶者を扶養とする人、配偶者控除は受けられないけれど一定の控除(配偶者特別控除)を受ける人は、「配偶者控除等申告書」の部分も記入する必要があります。
・「保険料控除申告書」
生命保険や地震保険などに加入している場合に提出が必要な書類です。「控除証明書」を添付して提出しましょう。
書き方でわからない部分がある場合は、所属している会社の人事部に質問してみるといいでしょう。
場合によっては「所得税を追加で支払う」ことも
「年末調整によって、天引きされた所得税の差額が還付される」と説明しましたが、場合によっては追加で税金を払うこともあります。
・1年の間に離婚した場合、子どもが就職した場合
配偶者や16歳以上の子どもが扶養に入っていると、毎月の給料か天引きされる所得税は、扶養親族がいる前提で計算されます。そのため、年の途中で離婚したり子どもが就職したりしてその年の12月31日時点で扶養親族がいなくなった場合、年末調整では扶養親族がいない形で計算し直すため、支払う税金が増える可能性が出てきます。なお、扶養親族が増えた場合については後述します。
・ボーナスの金額が大きかった場合
ボーナスからも所得税は天引きされますが、税率は前月の月給をもとにした所得から計算されます。そのため、月給20万円に対し、ボーナスは150万円といったように金額に大きな差がある場合、ボーナスから天引きされた所得税が少ない可能性があるのです。
年末調整では月給も賞与も合算されて「給与所得」として1年分の税金計算がされますので、年末調整によって所得税が追加でかかってくることがあります。
1年の途中で転職した場合は「転職先の会社」で年末調整を行う
たとえば、7月にA社を退職し、8月からB社で働き始め、B社の社員として12月31日を迎えたとします。この場合、A社を辞めた際に発行される「源泉徴収票」をB社に提出すれば、B社でまとめて年末調整を行ってもらうことが可能です。アルバイトであっても、原則として会社に対応してもらえます。
ただし、年末調整は「12月31日時点で会社に所属していること」という条件があります。そのため、A社を退職した後、別の会社に就職せずに12月31日を迎えた場合は、自身で確定申告をしなければいけません。
年末調整をしなかったらどうなるの?
期限までに各種申告書を提出せずにいると、「年末調整をしなかった」状態になります。その場合、税金にどのような影響があるのでしょうか。罰則などがあるのか、解説しましょう。
「扶養控除等(異動)申告書」未提出だと所得税が数倍になる
年末調整においてもっとも重要な書類が「扶養控除等(異動)申告書」です。この申告書を提出しないと年末調整をしてもらえないうえに、所得税が大幅に上がってしまうおそれがあります。
所得税は、所得額と扶養親族の人数に加え、「扶養控除等(異動)申告書」の提出の有無によって金額が決定します。
1カ月の所得額(社会保険料など差し引いた後)が25万6,000円・扶養親族0人の人の場合の例を見てみましょう。
- 「扶養控除等(異動)申告書」提出済みの人の源泉徴収額(月額):6,750円
- 「扶養控除等(異動)申告書」未提出の人の源泉徴収額(月額):38,500円
上記の例の場合、「扶養控除等(異動)申告書」を提出していないだけで、月々の所得税が5倍以上に跳ね上がってしまうのです。
30歳会社員が10月に結婚して扶養親族が1人増えた場合を想定し、年間ではどの程度の差が生じるのか、シミュレーションしてみました(所得額は上記のシミュレーションと同様)。
〈表〉所得税額の違い
所得税額(年間) | 年末調整後との所得税額の差 | |
---|---|---|
年末調整後の所得税額 | 52,100円 | ― |
年末調整前の所得税 | 76,170円 | +24,070円 |
「扶養控除等(異動)申告書」未提出の場合の所得税額 | 462,000円 | +409,900円 |
「扶養控除等(異動)申告書」を提出していれば、年末調整での還付を差し引いて年間5万2,100円で済むところ、未提出だと年間46万2,000円も所得税を支払わなければいけなくなってしまいます。
月々3万円以上も余分な税金を支払うことを考えると、「扶養控除等(異動)申告書」を提出しないことによるメリットはないと言っていいでしょう。
「扶養控除等(異動)申告書」を出し忘れても、会社によっては「期限を過ぎてもいいから『扶養控除等(異動)申告書』を出してね」と言ってくれることもあります。
そういった場合は、会社が多額の所得税を肩代わりしてくれている可能性があるのです。会社のためにも、期限までに「扶養控除等(異動)申告書」を提出しましょう。
副業の会社には「扶養控除等(異動)申告書」は提出できない
前述しましたが、複数の会社に所属している場合、「扶養控除等(異動)申告書」は1カ所にしか提出できない規則があります。つまり、副業の会社には提出できないため、副業の収入に対する所得税は必然的に高くなってしまいます。
その場合は、メインの会社と副業の会社からの給料を合算して確定申告を行うことで、払い過ぎた所得税が還付される可能性があります(追加で税金を納めなければいけないこともあります)。
「還付」のための申告書は未提出でも罰則なし
「基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書」と「保険料控除申告書」は、税金を還付してもらうための申告書です。
この2つを提出しなかった場合、所得控除が受けられませんが、税金が引き上げられるようなことはありません。
提出期限を超えて、申告し忘れた保険料などに気づいたら、確定申告で改めて申告しましょう。
会社員でも確定申告が必要なのはどんな場合?
確定申告とは、1月から12月にかけての1年間の収入を確定させ、所得税を計算する手続きです。つまり、年末調整と同じ意味を持つ手続きです。
基本的には会社に所属していない人が年末調整の代わりに行うものですが、場合によっては会社に所属している人でも必要になることがあります。
パターン①申告し忘れた保険料などの控除を受ける場合
年末調整で申告し忘れた保険料などがある場合は、確定申告をすることで所得控除を受けられます。確定申告書と控除証明書を税務署に提出することで、税金が還付されます。
ちなみに、還付申告は翌年の1月1日から申告ができ、そこから5年間はいつでも申告可能です。たとえば2021年分の申告であれば、2022年1月1日から2026年12月31日までが申告期間となります。
ただし、一度確定申告書を提出してしまうと追加や修正の申告は別の手続きになってしまうので、1回で済むように準備しましょう。
パターン②副業をしている場合
副業をしていたら、確定申告は必須です。前述したように、「扶養控除等(異動)申告書」を提出していない会社での収入からは多くの所得税が引かれています。
副業の正しい所得額を申告したうえで、余分に支払った税金を還付してもらうためにも、確定申告を行いましょう。確定申告書と副業の会社から発行される源泉徴収票が必要です。
副業での収入、株式投資や仮想通貨の取引などでの副収入がある場合には、それらの所得も全て含めて確定申告を行わなければなりません。
それぞれの収入によって税金の計算方法が変わってくるので、国税庁のwebサイト1)を確認したり、税務署や専門家に確認したりして正しく確定申告を行う必要があります。
参考資料
【合わせて読みたい記事】
パターン③「医療費控除」「寄付金控除」を行う場合
1年間の医療費が10万円を超えた場合に一定額の所得控除を受けられる「医療費控除」や、ふるさと納税をはじめとした寄付を行うことで所得控除が認められる「寄付金控除」を受ける際には、確定申告をしなければいけません。確定申告書に各種証明書や領収書を添付する必要があります。
例外として、ふるさと納税でワンストップ特例制度(確定申告をしなくても寄付金控除が受けられるしくみ)を利用した場合は、確定申告は不要となります。
【合わせて読みたい記事】
年末調整も確定申告もしないとどうなるの?
年末調整の書類を提出せず、確定申告もしなかった場合、問題は生じるのでしょうか。
本業のみの会社員であれば罰則はなし
副業や他の収入がない場合、また、家族構成など扶養者に変更がない場合などは、会社員であれば、基本的には年末調整や確定申告をしなかったとしても罰則はありません。ただし、所得税が上がり、所得控除も受けられないため、支払う税金が多くなります(前述参照)。
本業以外の所得があると罰則あり
副業での収入や投資などでの利益があるにも関わらず、確定申告を期限までに行わなかった場合、無申告加算税や延滞税といったペナルティを課されることがあります。
余分な税金を支払うことになるので、期限を守りましょう。収入を確定するための確定申告の期間は、原則2月16日~3月15日と決まっています。
投資で大きな利益を上げ、納税の義務があるとわかっていながら、故意に確定申告をしなかったといったケースでは、懲役や罰金といった刑事罰が科されることもあります。
「知らなかった」では済まされないので、本業以外の収入があれば、原則確定申告が必要だと考えるようにしましょう。
正しく年末調整をして、過剰に払った税金を還付してもらおう
税金は正しく納めなければいけないものですが、裏を返せば、過剰に支払わなくてもいいものともいえます。正しく計算する必要がありますが、会社員や公務員であれば会社などが代わりに計算してくれるのが「年末調整」です。
自分で確定申告を行った時に何か不備等があった場合には、税務署から直接自分に問い合わせがきてしまいます。面倒に感じるかもしれませんが、会社が年末調整をやってくれるということは、フリーランスなどの立場で確定申告を行うよりも断然楽な方法なのです。
誰しも払い過ぎた税金を還付してもらう権利があります。書類を書くだけで済むことなので、面倒だと思わず、期限までにきちんと必要な書類を準備して提出しましょう。