隣の部屋から、かりんの無邪気な笑い声が聞こえた。何事かと覗いてみると、最近部屋に飾るようになった夫の写真に話しかけている。

 夫の隆文が亡くなったのは先月のことだ。かりんを保育園に預け、朝からパート先の会社で作業をしていたら、知らない番号から電話が鳴った。しつこく鳴るので出てみると、隣町の病院からだった。

 そこからの記憶はあまりない。悲しんでいる暇もないとよくいわれる通りで、葬儀社を手配したり、夫が加入していた死亡保障とこども保険の請求手続きをしたりするうちに、1カ月が過ぎていた。

 もうすぐ6歳になる娘のかりんはまだ父親の死を理解できていない。何度も「パパはどこ?」と聞いてきて、私はそのたびに夫の死を実感させられる。

 葬儀のあとのゴタゴタが過ぎて押し寄せてきたのは、悲しみ以上に現実的な問題だった。半年後の4月、かりんは小学一年生になる。学校は公立だが、新しい制服に運動着、ランドセル、上履き……と物入りな時期だ。今後、習い事がしたいと言ったら通わせてあげたいし、受験をすることもあるだろう。

 今後の子育て費用をシミュレーションできるアプリで計算してみたら、その金額の途方もなさに圧倒された。出産後はずっとパートで働いていたが、今の収入と夫の遺してくれた保険金では早いうちに限界がくるだろう。だが、かりんはまだ手がかかる時期で、出産前ほど仕事に集中することは難しい。

 悲しみに暮れたいのに暮れることもできないまま、日々が過ぎていく。

画像: パパからの贈り物~父の突然の死を受け入れた娘の物語~

「私、水色がいいんだ!」

 保育園に迎えに行くと、かりんが開口一番そう叫んだ。話を聞くと、仲のいい子が水色のランドセルを買ってもらったそうで、お揃いにしたいのだと言う。

 新品を買ってあげたいが、5万以上するものが多くてためらってしまう。だから私はひそかに、中学生になる子どものいる知り合いに相談して、状態のよいランドセルをお下がりでもらう約束をしていた。

「ランドセルは毎日使うから、汚れちゃうよ。素敵なものをママが用意するから、ほかの色だとダメ?」

「ダメだよ!お揃いって約束したんだもん」

 口をめいっぱいふくらませながら、ちょっと涙目になってかりんが訴える。思わず「今回は無理なの!」と強い口調で言ってしまい、かりんは途端にしゅんとする。落ち込む姿にかけるべき言葉が見つからず、私はかりんをぎゅっと抱きしめた。

 保険会社から連絡が来たのは、小学校に入学する3カ月前だった。すでに受け取っていた死亡保険金とこども保険の養育年金以外に、小学校に上がるかりんのための祝金も支払われるからだ。

 20万円の祝金は養育年金と併せて貯金しておこうと思っていたが、“祝金”という言葉の晴れがましさに胸が熱くなった。隆文と一緒に大切に育てたかりんが、ついに小学校に上がるのだ。そのお金は入学のお祝いにこそ、使いたい。

「かりん、ランドセル買いに行こうか」

 そう声をかけ、一緒にデパートに出向いた。ぴかぴかのランドセルが並ぶ売り場で、あっという間に水色のそれを見つけたかりんは振り向いて、弾む声で言った。

「ママ、これって天国にいるパパからのプレゼントなんだよね?」

 私は大きくうなずきながら、涙が止まらなかった。夫が亡くなって以来、ずっと気を張っていたから、なかなか泣けなかったのに。いつの間にか、かりんはパパの死を受け入れていたのだ。かりんのほうが、私より早く成長している。

 ひとりで育てていくのは大変だけど、私もきっと成長できるはず。隆文が遺してくれたお金を大切にしながら、頑張ってみよう。私は覚悟を決めて、かりんに力強く笑いかけた。

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