「麗香、ちょっと聞いてよ!」
ふくれっ面をしたキャラクターのスタンプとともに、瑞希はアプリにメッセージを打ち込んだ。日曜の午後、明るい話題を送りたいが、親友の麗香にはつい愚痴ってしまう。
「今日は何? どうしたの?」
時間を置かずに返信が届く。いつも話を聞いてくれるやさしい麗香に感謝しながら、瑞希は最近の悩みと愚痴を入力していった。
大学の英会話サークルで出会った2人は「いつか海外で暮らしたい」という共通の夢から意気投合し、短期留学も一緒に行った仲だ。
卒業後、麗香はインバウンド向けの旅行代理店で英語を生かす道を選び、瑞希は海外に支店のあるレストランチェーンに就職した。いずれはマネージャーとして海外に異動したいと願っているが、29歳にして中間管理職的ポジションに就き、理不尽な上司とマイペースな後輩の間に挟まれている。
さらに一歳上の恋人、和樹にもイライラさせられている。和樹が営業部に異動してからはあまりに忙しく、最近「そんなに結婚したいなら別れる?」と言われて大喧嘩をしたばかりだ。
コツコツとキャリアを伸ばし「結婚しても、しなくても、どっちでもいいかな」と言い切る麗香に焦りと不安でいっぱいの心の内を聞いてもらうだけで、瑞希はほっと一息つけた。
麗香に愚痴を聞いてもらってから数日後、大学のサークル仲間から連絡が来た。
「最近、麗香に会った?今、急病で入院してるらしいよ」
急病?入院⁉この間、どんな様子だったっけ。麗香は普段から穏やかで、テンションにムラがないけれど、元気がなかったと言われればそんな気もする。
ダメ元で音声通話のアイコンを押したら、あっけなく「はーい!」という声がした。
高岸麗香、と名前が書かれた大部屋の扉を開けると、窓際にあるベッドから麗香が手を振った。
「突然、夜中にお腹がめちゃくちゃ痛くなって、救急車で運ばれて即手術だったから、連絡できなくてごめんね」
話を聞くと、以前から卵胞嚢腫があって婦人科に通っており、最近は月経異常や下腹部の痛みに悩まされていたという。
「手術で悪い部分は取り切れたから、もう大丈夫だよ。手術代がかかったのは大変だったけどね」
「やっぱり大変だった?」
余計なこととは思いつつ、思わず瑞希は聞いてしまった。

「仕事は同じ部署の人がすぐ引き継いでくれたから大丈夫だったけど、お金はけっこうかかったよー。でも私ね、保険に入ってたんだ」
ちょっと誇らしげな顔で麗香が言う。
「30歳になってからでもいいかなって思ってたんだけど、ひとりで生きてるわけだし“備えあれば憂いなし”じゃない?そう思って、25歳くらいの時に医療保険に入っておいたの。しかも、婦人科系に強い保険!そのおかげで助かったよ。持つべきお守りは親友と保険だね」
“備えあれば憂いなし”かぁ……。私に言わないだけで、麗香はちゃんと将来のことを考えていたんだな。
病院からの帰り道、瑞希はちょっと落ち込んでしまった。自分は現状に不満を言うばかりで何もしておらず、親友に比べると我ながら幼い。将来、海外に行くためにも健康第一なのに不摂生ばかりしているし、1人で生きていく可能性も考えたほうがいいのに見ないふりをしている。
その時「持つべきお守りは親友と保険」と言う麗香の声が頭に響いた。
この先、日本にいようと海外に行こうと、結婚しようと独身だろうと、お守りは持っておくに越したことはない。家に帰ったら保険のことを調べてみようかな。そして、麗香が退院したら相談してみよう。
そう思ったら元気が出てきて、将来のためにやれることは全部やってみようと思えてきた。瑞希は顔を上げ、桜が舞い散る道で小さくジャンプした。









