保険の加入に制限がある“危険がつきまとう職業”の代表格であるプロレスラーにその真偽を確かめるとともに、プロレス業界の「もしも」に対する備えの実態を教えていただきました。
“危険がつきまとう職業”に就いていても、民間保険への加入は不可能ではない
鍛え上げられた肉体を武器とするだけでなく、時にはいわゆる“凶器”と呼ばれるアイテムを駆使した過激な闘いも展開するプロレスラーの皆さん。
今回お話を伺った高木さんもリング上での闘いはもちろん、キャンプ場やスーパー銭湯など様々なフィールドで試合を行う“路上プロレス”のパイオニアとして、今も業界屈指の活躍を続けている選手のひとりです。
それだけに、小さなケガや体の故障は日常茶飯事とのこと。選手個人として高木さんは「もしも」に対してどのような備えをしているのでしょうか?
「万が一への備えとして、もちろん民間保険も常に意識はしています。しかし私の場合、いわゆる“危険がつきまとう職業”にあたるという理由から、傷害保険に加入することはできませんでした」。
ここで、高木さんが言及した“危険がつきまとう職業”について、簡単に整理しておきましょう。
傷害保険や生命保険などの民間保険に加入する場合、事前に持病や入院歴の審査があることは皆さんもご存じと思いますが、その際に加入希望者の職業も審査対象になっていることは、意外と知られていないかもしれません。
保険会社が加入希望者の職業を確認する理由は、主に公平性を維持する目的があるからです。一般的な職業に就く人と、高いリスクや危険がつきまとうと考えられる職業に就く人が、同じ条件で保険に加入するのは公平ではない、と言い換えても良いでしょう。
ただし、“危険がつきまとう職業”だからといって、必ずしも加入できないわけではありません。高木さんの場合、加入できる保険に制限はありましたが、加入できる保険もあったそうです。
「傷害保険には加入できませんでしたが、生命保険に加入することはできました。もちろんプロレスラーという職業を申告したうえでの契約です。加入時には、いくつかの保険会社に相談をしたのですが、会社によって条件が違うようでしたね」。
ちなみに高木さんは、保険会社の仕事に就きながらプロレスラーとしても活躍する知人のアドバイスを受け、複数の会社に相談し契約に至ったそうです。
このように、“危険がつきまとう”と考えられる職業に就いていることを正しく告知した場合でも、契約可能な民間保険があるということは、おぼえておくと良いかもしれません。
選手や観客の安全を守るためには、プロレス団体の「もしも」に対する備えも重要
高木さんの体験から、“危険がつきまとう職業”の代表格であるプロレスラーでも、保険会社や契約条件によっては民間保険に加入できることがわかりました。とはいえ、やはり一般の職業に比べると制限がある場合も多いようですし、そもそも、日々危険と隣り合わせの闘いを続けているプロレスラーだけに「もしも」への備えは万全にしておきたいのでは、と思われます。
そこで、現役の選手という立場だけでなく団体経営者としても活躍する高木さんに、プロレス業界全体の「もしも」に対する備えについても伺いました。
「他の格闘技に比べ、プロレスはルールやスタイルが多岐にわたっているため、業界全体を統一するようなしくみをつくりにくいという実情があります。ですから『もしも』に対する備えも、団体によってまちまち、というのが正直なところですね。また、例えば私がレスラーとしてもリングに上っているDDTプロレスリングもそうですが、プロレスラーは個人事業主として団体と契約を行っている選手が多いため、国民健康保険+個々の判断で民間保険に加入することで、ケガや病気に備えるのが一般的、といっても良いのではないでしょうか」。
とはいえ大会を開催する団体として、ケガや事故に対する備えを万全にする必要があると、高木さんは力説します。
「試合前に参戦選手の健康チェックを行ったり、試合や練習時にケガをした場合に国保の自己負担分を団体が負担してあげたりといったケアは、団体として当然すべきことだと思っています。また、DDTプロレスリングの場合は、試合を裁くレフェリーが救急医療講習を受けることを義務付けており、試合中の事故に備えています」。
特に、この1年間で気を遣っているのが、新型コロナウイルス対策とのこと。練習を行う道場全体を抗菌・抗ウイルスコーティングしたほか、興行に当たっては、全来場者の検温とアルコール消毒を実施。試合会場では定期的な換気や、試合ごとにリングを消毒するなど感染予防策を徹底し、選手や観客の安全確保に努めているといいます。
「団体所属、フリー契約を問わず参戦選手には試合の数日前から検温と体調報告を義務化しており、異常が認められた場合は適切な措置がとれるように備えています。会場に足を運んでくださるお客様にも入場時の検温や住所の登録のほか、マスクを着用したうえで、さらに声を出す応援の自粛など、大会開催のためたくさんのお願いをしており心苦しい限りですが、プロレスファンの皆さんは非常に協力的なので、助けられていますね」。
ちなみに、プロレスラーにとって必要不可欠な「もしも」への備えといえる、日頃の鍛錬を行う道場でも入場時に検温を行ったり換気や消毒をしたりなど、試合以外の場所でも十分な対策を行っているとのことでした。
「もしも」に対する考え方はプロレスラーも一般人も同じなんです
「やはり、最終的には自分自身で『もしも』に備えることが大切ですから、民間保険に対する考え方は、プロレスラーも一般人と大きく変わることはないと思います。
以前に比べ、特に若い選手たちの間で、将来への備えを自分で考えている人が増えているのは、良い兆候だと思いますね。その上で団体経営者としては、今後のプロレス界をさらに発展させるためにも、業界全体で選手の安全を守るしくみづくりを模索していきたいです」。
と、最後に語ってくれた高木さん。観客に興奮と感動を与えるためにリスクが高い職業に就いているプロフェッショナルが抱く「もしも」への備えに対する考えは、私たちにも参考になるのではないでしょうか。
インタビュー写真/小島マサヒロ
試合写真提供/DDTプロレスリング
この記事の著者
石井敏郎(いしい としろう)
フリーランスの編集者・ライター。神奈川県横浜市出身。格闘技からITまで、幅広いジャンルの記事制作に関わっている。