“人との密な接触を避ける”という前提に立った世界は、慣れない変化がある一方、新しい考え方が生まれる土壌にもなっています。そこで、これからの世界を生き抜くために知っておきたい「キャリアワード」について、有識者にインタビューを行いました。
今回のナビゲーターは、東京、軽井沢、福井の3拠点で活動するジャーナリストの佐々⽊俊尚さん。社会全体のテレワーク化が進む中で、場所に囚われない働き方が浸透し、多拠点生活も身近になる、そして、これからのキャリア形成にあたって注目すべきは「ワークスタイルの⼆極化」であると語ります。
今回はこのキーワードに焦点を当て、新しい働き方について一緒に考えていきましょう。
【お話を聞いた人】
佐々木 俊尚(ささき としなお)さん
共創コミュニティSUSONO運営。NHK「世界にいいね!つぶやき英語」、ニッポン放送「飯⽥浩司のOK!Cozy up!」、AbemaPrimeに各レギュラー出演中。総務省情報通信⽩書編集委員。東京・⻑野・福井の3拠点移動⽣活者。著書に『時間とテクノロジー』(光⽂社)など。
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キャリアワード「ワークスタイルの⼆極化」
「ワークスタイルの⼆極化」の“二極”とは、対面コミュニケーションを軸とする従来の「オフィス通勤型」と、テレワークを中心とした「在宅勤務型」のワークスタイルのことを指します。
つい数カ月前まで「在宅勤務型」はフリーランスやパラレルワーカー向けと考えられ、正規雇用者には遠い存在でした。しかしコロナ禍に伴うテレワーク化が進むことで、「在宅勤務型」のワークスタイルが多くの企業へ浸透するようになっています。テレワークにメリットを見出し、週の出社日数を削減したり、標準の働き方をテレワークにすると発表した有名企業も出てきているのです。
これはコロナウイルスの感染対策もさることながら、移動に伴う時間の削減や、オフィス面積の縮小によるコスト減などのメリットを、企業・個人ともに体感したことが大きいでしょう。
〈図〉コロナ禍での在宅勤務・テレワークの実情
では、このワークスタイル二極化という変化は、どのようにキャリアに影響を及ぼすのでしょうか?
佐々木さんは、“通勤圏内で生活する”という既存のワークスタイルに新たな選択肢が加わり、“場所に囚われないキャリア形成が可能になる”ということを示すといいます。
一例としては、地方在住者が引っ越すことなく首都圏の企業に就職する、またはオフィス近くの都心部から郊外や地方に移住した上で、同一企業で働き続けるというスタイルが増えていくだろうということです。
〈図〉新型コロナウイルスをきっかけとするワークスタイルの変化
「昭和から平成に亘る約70年の間、都市と地方の人の流れは行ったり来たりを繰り返してきました。
戦後に農村が解体され、集団就職や大学進学で都市に人が集まったものの、高度成長を経て地価が上昇。結果、昭和後期には郊外へマイホームを建てるトレンドが生まれます。しかし、その後の不景気で都心の地価が下がって、2000年代にはタワマンが増加し、オフィスも人口も東京への一極集中が加速してきました。
この流れがコロナ禍を経て、土地が広くて家賃が安い郊外や地方へ回帰するのではないかと思います。オフィスに通う必要がない、あるいは数カ月に1回通えばよいワークスタイルになれば、わざわざ都市に住む意味はなくなります。社会全体としては、居住地と会社との距離の関係は希薄になっていくでしょう」(佐々木さん/以下同)
「ワークスタイルの⼆極化」で、僕らは何を考えるべきか?
このようにワークスタイルの幅が広がる中、将来のキャリアを考える上で、何をすべきなのでしょうか。もし、在宅勤務型での仕事を選びたいと考えた時のポイントについて伺ってみました。
(1)「やりたい仕事」はテレワークに向いているか?
「まずは自分のやりたい仕事(職種)の方向性を意識する必要があります。テレワークの⽅が能率の上がる仕事なのか、それとも対面コミュニケーションが職能の軸となるオフィス型の仕事なのかということを、現在の仕事の状況を踏まえつつ見極めるべきでしょう」
例えば、リモートは無理だと思われていた営業系の職種でも、コロナ禍を通じて一定程度は可能であることがわかりましたし、密なコミュニケーションが必要だと思われていた広告代理店の多くもフルリモートでの勤務を採用しています。しかし、この逆もあることを忘れてはいけません。
「私はこの数カ月の間、リモートでインタビューやトークイベントを何度も行ってきました。確かに、場所や時間に融通が利くのですが、対面よりも空気感や熱意が伝わりづらいのです。相手の表情を読み取りながら探り探り質問をしていくような緊迫した取材、表情から想いを汲み取ることが求められるような会見などは、リモートでは良いインプットが得られないと感じました。
リモートで問題ないと思っていたけれど、意外と対面コミュニケーションが必須だった、ということは他の業種でもあるはずです。仕事内容によるリモートの向き・不向きは、リモートテクノロジーや通信環境の進化によって変わる部分もありますが、ある程度の期間をとって見極めるべきところでしょう」
〈図〉仕事に応じたワークスタイル選びの主なポイント
(2)自らで心身の管理を行えるか?
また、仕事内容とともに重要なのが、心身の自己管理ができるかどうか、だといいます。
「コロナの感染拡大から数カ月経ち、リモートの問題点も浮き彫りになってきています。そのひとつが在宅勤務者のメンタル面の管理の難しさです。私は十数年リモートワークをしているので気になりませんが、心の不調を訴える人は相当数に上っています。
原因は、PC画面をずっと見続けることによるストレスもありますし、能率が上がったことによる実業務の増加もあるでしょう。また、毎日リモートで顔を合わせていても、同僚の体調の変化を気づくのは難しいものです。
これを踏まえると、自らで心身の管理が行えること、そしてもちろん仕事の管理が行えることは“リモートに向く”条件のひとつになります」
なお、佐々木さんによれば、人間関係が仕事上での付き合いに限られる人にとって、リモート主体の勤務は非常にストレスフルだといいます。こういった仕事以外の個人の資質も、働き方の向き・不向きと関係しているのです。
(3)「仕事の軸となる専門性のあるスキル」を習得しているか?
さらに語られたのは、リモート勤務が問題なく可能である人は、基本的に「仕事の軸となる専門性のあるスキルを習得した人」だということです。
「リモートによる新人トレーニングは各職場で課題になっており、職業歴の浅い人にとってリモート勤務はスキルアップするには厳しい環境であることはわかってきています。一方で、会社の雑事に煩わされることがなくなり、仕事の効率化が図れている会社員もいる。
この違いは、仕事の軸となるような専門スキルをすでに習得しているか否かでしょう。たとえば、営業職であれば、メールや電話の基本スキルのほか、商材理解やクロージングの手法まで、ひと通りのテクニックを習得している必要があります。またこれに加えて、同僚との連携という意味で、職場にいなくとも十分にコミュニケーションを取れるスキルも求められます。つまりは、リモートで働くためには、ビジネスキルを十分に確立している必要があるのです」
(4)とりあえず飛び込んでみるものひとつの手
上記で示した条件は、まだキャリアの浅い人にとっては、ややハードルの高いものかもしれません。ただ、そんな方に対して、佐々木さんはこのように続けます。
「いずれにせよ、まだ若いのであれば思い切って行動に移し、郊外に住みながらリモートで働いてみるのもいいかもしれません。そのうえで自身がリモートワークに向いていないと思ったら、またオフィスワーカーとして働く選択肢だってあるわけですから。
また、リモートをあまり経験していない人なら、訓練として『副業を始めてみる』というもの1つの手でしょう。うまくいかなければまだ自分は準備ができていない、と考えてよいはずです」
将来、「会社員」「フリーランス」の境界線は薄くなっていく
佐々木さんは、「ワークスタイルの二極化」の先に、より先進的な「働き方の未来」を予想しています。
「コロナ禍の影響でリモートワークが普及し、今後は働き方・ライフスタイルがより多様になっていくはずです。しかしこれは時期が早められただけで、コロナ禍でなくても将来的には同じことが起こったでしょう。
リモートワークの普及による働き方の多様化が示すのは、会社員とフリーランスの境目が薄くなっていくということです。オフィスに縛られ、誰かの監督下で動く会社員が少なくなることは、フリーランスになっても通用する人が増える、ということに他ならないからです。
さらに、今後テクノロジーが進化して環境が整い、社会全体がリモートワークをもっと推奨するようになれば、仕事の内容は変更せず、会社員かフリーランスを選べるようになり、これまで以上に自由な働き方が実現できる世界が訪れると思いますよ」
ワークスタイルの二極化から、ライフスタイルの多様化、そして、より自由な働き方へ。いまはリモートワークに対して違和感やストレスを感じている人も、現在の仕事をいかに上手く回すかを考え、スキルを上げることで、今後のキャリアの幅を広げるチャンスになるかもしれません。
【この記事の著者】
中山秀明(なかやま ひであき)
グルメ、ファッション、カルチャー分野を得意とする編集プロダクションを経て、現在はフリーのライター、エディターとして活動。雑誌、書籍、ウェブメディアを中心に、編集や撮影を伴う取材、執筆を行っている。また、フードアナリストの資格をもっており、TV、ラジオ、大手企業サイトなどのコメンテーターとして出演することもある。