2025年6月に成立した年金制度改正法により、厚生年金の保険料計算の基準となる標準報酬月額の上限が、現行の65万円から75万円へ段階的に引き上げられることが決まりました。今後は収入に応じた保険料負担が求められる一方で、将来の年金受給額が増えるというメリットもあります。‎

‎‎この記事では、ファイナンシャルプランナーの辻田陽子さん監修のもと、制度改正の内容を整理し、対象者や手取り収入、税負担、老後の年金額への影響などについて解説します。

この記事の監修者

画像: 【FP解説】厚生年金の標準報酬月額が上限引き上げに!保険料が上がる条件とは

辻田 陽子(つじた ようこ)

FPサテライト株式会社所属 1級ファイナンシャル・プランニング技能士。
税理士事務所、金融機関での経験を経て、「好きなときに好きな場所で好きなことをする」ため房総半島へ移住。現在は地方で移住相談や空き家活用に取り組みながら、ファイナンシャルプランナーとして活動中。

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厚生年金の標準報酬月額の上限が65万円から75万円に

画像: 画像:iStock.com/suwichaw

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厚生年金や健康保険の保険料は、給与額を一定の幅で区切った「標準報酬月額」に基づいて計算されます。これまで厚生年金の標準報酬月額の上限は65万円(32等級)でしたが、今後75万円(35等級)まで拡大される予定です1)

引き上げのスケジュール

画像: 画像:iStock.com/Nuthawut Somsuk

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厚生年金の標準報酬月額の上限は、以下のように段階的に引き上げられる予定になっています1)。

〈表〉標準報酬月額の引き上げスケジュール(予定)

  • 2027年9月:65万円 → 68万円(33等級新設)
  • 2028年9月:68万円 → 71万円(34等級新設)
  • 2029年9月:71万円 → 75万円(35等級新設)

改正後の3年間で上限が10万円引き上げられることになるため、65万円を超える標準報酬月額の人は順次、新等級で保険料が計算されます。

なお厚生年金の標準報酬月額の上限改定は過去にも行われており、直近では令和2年に32等級(65万円)が新設されています。その背景には、平均給与の上昇や標準報酬月額の上限に達する人の増加があります。現行のしくみでは「高所得者が実態より低い給与額で計算される」「負担割合が不公平になる」といった問題が指摘されてきました。加えて、上限に達した人は実収入に見合った年金を受け取れない状況があります。今回の見直しでは、こうした課題を解消し、制度の公平性と持続性を高める狙いがあります。

変更対象となる人の条件は?

画像: 画像:iStock.com/Kenishirotie

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今回の改正で影響を受けるのは、標準報酬月額が現行の上限65万円(32等級)に達している人、つまり年収798万円以上賞与を除くの会社員や公務員、役員などです。

厚生労働省の試算によれば、会社員男女計の約7%(303万人※令和6年12月時点)が65万円の上限に該当するとされています2)。2027年9月以降に新しい等級が導入されることで、この層が影響を受ける可能性があります。

自身の“標準報酬月額”をチェック

厚生年金保険料の算出の基準となる標準報酬月額は、その年の4月から6月に支払われた給与の平均額(報酬月額)をもとに等級に分けて表したものです。ここでは賞与は含みません。賞与は「標準賞与額」として別に保険料が計算されます。

標準報酬月額は、下記の標準報酬月額表に報酬月額を当てはめて求めます3)

〈表〉厚生年金保険料額表(令和7年度版)

標準報酬報酬月額
円以上~円未満
等級月額
18万8,000円~9万3,000円
(省略)
1522万円21万円~23万円
1624万円23万円~25万円
1726万円25万円~27万円
1828万円27万円~29万円
1930万円29万円~31万円
2032万円31万円~33万円
2134万円33万円~35万円
2236万円35万円~37万円
2338万円37万円~39万5,000円
2441万円39万5,000円~42万5,000円
2544万円42万5,000円~45万5,000円
2647万円45万5,000円~48万5,000円
2750万円48万5,000円~51万5,000円
2853万円51万5,000円~54万5,000円
2956万円54万5,000円~57万5,000円
3059万円57万5,000円~60万5,000円
3162万円60万5,000円~63万5,000円
3265万円63万5,000円~
※:日本年金機構のサイトより一部抜粋。

たとえば、4月〜6月の給与が下記の場合を見てみましょう。

  • 4月の給与:30万円
  • 5月の給与:26万円
  • 6月の給与:31万円

この場合、3カ月の平均(報酬月額)は29万円([30万+26万+31万]÷3)です。上記の表に当てはめると、報酬月額29万円以上31万円未満に該当するため、標準報酬月額は30万円(19等級)になることがわかります。

現行制度では給与が63万5,000円以上であれば、標準報酬月額は一律で65万円に区分されます。このように「ざっくりとした区分」にすることで、給与計算の事務負担を軽減し、多少の給与差でも同額の保険料になるように設計されています。

今後は、上限が68万円、71万円、75万円と順次引き上げられるため、報酬月額が66万5,000円を超える人は新等級に該当します。

毎月の手取りや将来の年金はどう変わる?

画像: 画像:iStock.com/years

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今回の上限引き上げによって考えられる主な影響はつぎの3つです。

それぞれ詳しく見ていきましょう。

1. 社会保険料の負担増

これまで標準報酬月額の上限の65万円に達すると、それ以上給与が上がっても厚生年金保険料は変わりませんでした。今後は75万円まで段階的に引き上げられるため、これまでの上限に該当する人は毎月の保険料が増え、手取りが減ります

〈表〉社会保険料の負担額の違い4)

報酬月額
(賞与を除く賃金)
厚生年金保険料(9.15%)社会保険料の負担増
上限65万円上限75万円月額年額
63万5,000円
〜66万5,000円
5万9,475円(32等級)5万9,475円(32等級)0円0円
66万5,000円
〜69万5,000円
6万2,220円
(33等級)
6万2,220円-5万9,475円
=2,745円
2,745円×12カ月
=3万2,940円
69万5,000円
〜73万円
6万4,965円
(34等級)
6万4,965円
-5万9,475円
=5,490円
5,490円×12カ月
=6万5,880円
73万円〜6万8,625円
(35等級)
6万8,625円
-5万9,475円
=9,150円
9,150円×12カ月
=10万9,800円

たとえば、給与が75万円に達する人を見てみましょう。現行では32等級に該当し、厚生年金保険料の負担額は5万9,475円でした。改正後は、35等級に区分され、厚生年金保険料の負担額は6万8,625円になります。年間で計算すると約11万円増える見込みです。

2. 所得税・住民税の負担減少

社会保険料が増えることで課税所得(※1)は減るため、所得税や住民税はその分軽減されます。特に高所得者層では、累進課税(※2)のしくみから節税効果が出やすくなります。ただし、保険料負担増を相殺するほどの効果は期待できないため、一般的に手取り収入は減少します。

※1:個人が得た1年間のすべての所得金額から、各種所得控除を差し引いた残りの金額のことを指します。
※2:課税金額が高くなるほど税金が高くなる制度のことをいいます。

3. 将来の年金受給額増加

厚生年金は加入期間や現役時代の標準報酬に応じて年金額が計算されるため、保険料を多く納めるほど将来の年金額も増えます。

たとえば、標準報酬月額が65万円と75万円で、40年間加入した場合を比較してみましょう。

以下は、この計算式を使って試算しています。
平均報酬標準額×5.481/1,000×平成15年4月以後の加入月数
(平成15年4月以後)

・標準報酬月額65万円の場合
 65万円 × 5.481 / 1,000 × 480カ月= 171万72円(年)

・標準報酬月額75万円の場合
 75万円 × 5.481 / 1,000 × 480カ月 = 197万3,160円(年)

標準報酬月額が65万円の場合、40年間加入した時の厚生年金はおよそ年171万円です。一方、75万円の場合は約192万円となり、年間で約26万円の差が生じます。

将来の老後資金確保のためにできること

画像: 画像:iStock.com/MonthiraYodtiwong

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今回の改正は、「手取り減少」というマイナス面が強調されがちですが、長期的には「年金増額」というプラスの効果もあります。とはいえ、将来の社会保障制度は変動する可能性もあるため、自分で老後資金を準備しておくと安心につながります。ここでは、国の税制優遇制度であるiDeCoとNISAについてご紹介します。

iDeCoの活用

iDeCo(個人型確定拠出年金)は、自分で掛金額や運用商品を選び、資産を積み立てる私的年金制度です。掛金が全額所得控除になるため、節税しながら老後資金を準備できるメリットがあります。運用益も非課税で再投資ができること、受け取り時には、「退職所得控除」や「公的年金等控除」を利用できることなど、税制面で3つの優遇措置があります5)

ただし、iDeCoは原則60歳までは資金を引き出せません。運用商品は自分で選ぶ必要があり、元本割れリスクがあることにも注意が必要です。職業や企業年金の有無によって年間の限度額が異なるため、制度を理解したうえでうまく活用していきましょう。

iDeCoの特徴やメリットについて、詳しくはコチラ

NISAの活用

NISA(少額投資非課税制度)は、株式や投資信託の運用益が非課税になる制度です。「積立投資枠」と「成長投資枠」があり、運用の上限額が決まっています。iDeCoとの違いは、運用中でもお金が自由に引き出せる点で、老後だけでなく中長期的な資産形成にも有効です6)

NISAとiDeCoの違いについて、詳しくはコチラ

厚生年金の上限引き上げでよくある質問

画像: 画像:iStock.com/Ratana21

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最後に、厚生年金の上限引き上げで「よくある質問」にお答えします。

ほかの制度への影響はある?

厚生年金の標準報酬月額の上限引き上げは主に厚生年金の保険料に関する変更です。そのため、企業型確定拠出年金や退職一時金といった私的年金制度に直接影響を与えるものではありません。

フリーランスや自営業の場合は?

現状、厚生年金は会社員や公務員が対象のため、国民年金に加入している自営業やフリーランスには直接的な影響はありません。ただし、将来的な制度改正には注意しておく必要があります。

健康保険への影響はある?

健康保険の保険料も標準報酬月額をもとに計算されますが、厚生年金とは別の等級で決定されています。今回の改正は、厚生年金の等級を増やすものなので、健康保険料の上限には直接影響しません。

在職老齢年金に影響はある?

在職老齢年金は60歳以降も働きながら厚生年金に加入している人が対象で、「給与+年金額」が一定額を超えると年金の一部が支給停止されるしくみです。今回の標準報酬月額の上限引き上げで高所得者の給与ベースが増えると、在職老齢年金の支給停止基準に達しやすくなる可能性はあります。ただし、厚生労働省は2026年度に向けて支給停止調整額を現行の51万円から62万円へと引き上げる方針を示しており、高所得者の標準報酬月額が上がる影響を一定程度は吸収する見込みです。

今のうちに制度を理解して備えよう

厚生年金の標準報酬月額の上限引き上げは、高所得者にとって手取りや将来の年金額に直結する大きな改正です。手取り収入が減る一方で、将来の年金額も増えます。自分の働き方、収入、老後の生活設計を見直すきっかけとして、早めに理解しておくことが大切です。

また、老後資金の準備を公的年金だけに頼らず、iDeCoやNISAなどの税制優遇制度を組み合わせることで安心につながります。それぞれの制度の特徴を理解し、自分のライフプランに合わせてうまく活用していきましょう。

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