2003年、当時最年少(17歳)で文藝賞を受賞し、2015年に『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞を受賞した小説家・羽田圭介さん(34)。コンスタントに作品を発表し、順調に小説家人生を歩む一方、小説家としては珍しく、テレビでのメディア露出のほか、YouTubeでの配信も行なってきました。

なぜ彼は執筆活動以外も積極的に行なってきたのか? また、そのような活動から見えてきたものとは? 羽田圭介さんが積んだキャリアについて聞きました。

「宣伝のため」のメディア活動が、取材を兼ねた気分転換に

画像: 羽田圭介(はだ けいすけ) 1985年東京都生まれ。2003年、『黒冷水』で第40回文藝賞を受賞。15年、『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川賞を受賞。他著書に『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』『成功者K』『5時過ぎランチ』『ポルシェ太郎』等。

羽田圭介(はだ けいすけ)
1985年東京都生まれ。2003年、『黒冷水』で第40回文藝賞を受賞。15年、『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川賞を受賞。他著書に『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』『成功者K』『5時過ぎランチ』『ポルシェ太郎』等。

かつて羽田圭介さんがよくテレビに出ていた理由は、ズバリ「宣伝のため」でした。ジャケットの下には新作の書影をプリントしたTシャツを着て、ここぞとばかりにアピールしている姿をご覧になった方も多いかもしれません。

「あの頃はなりふり構わず宣伝していました。でも、数年経って、気づいたんですよね。闇雲な宣伝には効果がないなって(笑)。だから今は、単純にいろんな場所に行き、ネタを探すためにやっている感覚です。取材によっては『品川駅から徒歩十数分のハウススタジオにお越しください』なんて言われる。そんな場所、指定されないと絶対に行かないじゃないですか。その光景が頭に残っていたら小説にも使えるから、取材をかねたちょっとした気分転換です」

このインタビューを行う数日前にも、テレビのロケ撮影でバスに乗って北海道を巡り、インタビュー後にはラジオの生放送を控えていました。さぞハングリーに小説の題材を思い求めているのかと思いきや「それはないです」とキッパリ断言します。

「最近、自分の意志ってどこにあるのかをすごくよく考えるんです。人間って、日常で体験していることから無意識のうちに影響されていることが多いんじゃないか、と。だからこそ、いろいろな体験を重ねていきたいとは思っています」

いろいろやるのは、小説の小ネタ探しと気分転換のため

画像: いろいろやるのは、小説の小ネタ探しと気分転換のため

自身の経験によって、行動や考えがどう変わるか、小説家の枠を飛び出した活動は、実証実験に近い側面があるのかもしれません。

「(メディア出演などの現場仕事は)直接的に小説に影響があるかはわかりませんが、『こういう小説が書きたい』と思った時に、経験やアイデアなどいろいろとストックがあった方がいいと思うんです。たとえば、大学を卒業し一般企業に就職するような人たちの結婚観と、創作や芸能の世界に身を置いている人たちの結婚観はまるで違いますよね。属するグループや業界によって、価値観はまるで違う。小説家だからというわけではなく、ひとつの場所にとどまっていると、みんな視野狭くなると思うんですよ」

だから他現場での仕事もこなす。小説家という枠組みにとどめておくことで、作品が矮小化してしまう可能性を危惧しているともいえます。

YouTubeにもハマりかけたが…辿り着いたのは「本業以外をやることへの疑問」

画像: ※この画像はサイトのスクリーンショットです。

※この画像はサイトのスクリーンショットです。

あくまで本業は小説家であって、他のメディアでの活動はそれに付随するもの。チャンネル登録者数1万人を越えたYouTubeも、始めた理由を聞いてみるとやっぱり小説のためでした。

「最初は『自分のデビュー作の黒冷水を(YouTubeで)朗読したらみんな本を買ってくれるはず!』と思ったんですが、そんなことはなく、再生数もそんなに伸びず……(笑)。でも大学時代の友人が、『(動画配信の)朗読の更新が止まったので、続きが気になって本を買ったら面白かった』って言ってくれて。本を買ってくれるのは、やっぱりうれしいんです。マスメディアほどは大勢に見られなくても、興味を持ってくれる“精度”はテレビやラジオより高いと思いますし」

ゼロから構築する小説に対して、音と画を用意できればそれなりの形になる映像編集は、羽田さんにとって興味を引く創作活動だったようです。

「(YouTubeは)撮影した素材のままでは、誰も興味を持ってくれない。編集作業が必要なわけで、面白がって編集をしていた時期もあります。でも今は編集も面倒くさいし、なんでやってるのかよくわからなくなってしまいました(笑)。だから更新頻度も減りました。この先続けたいかもわからないですね。YouTubeやメディアに出て、ベラベラとしゃべるのは(小説家として)マイナスかもしれないと気付いたんです」

小説を宣伝するため、積極的に様々なメディアに触手を伸ばし、いろいろやってきた羽田さんですが、今に至ってそんな本業以外の活動自体を疑問視しているそうです。

メディア出演の次の一手は“小説家コスプレ”

画像: メディア出演の次の一手は“小説家コスプレ”

「多少メディアに出たぐらいじゃ、本を読んでくれる人の増加に繋がらないんですよ。ある意味、お客さんはそこまでバカじゃない。それに、メディアごとに異なるお客さんの層が、なかなか交じり合わないことにも気づいたんです。たとえば僕の小説の熱心な読者は、テレビを見ないしレギュラーのラジオ番組も聴いていない。YouTubeにかける時間なんかもったいないからそんなものはやめろ、という感じ。テレビを見ている人たちは、小説を読まない。“羽田圭介=路線バス番組の人”という印象なんですよ。棲み分けがキッチリしていて、小説への興味には移らない。となった時に、やっぱり小説に集中した方がいいのかなって、当たり前のことを最近は強く思いますね」

小説のためにメディア露出を行なってきましたが、結果的にそのことが小説を裏切っていたのかもしれない。いろいろやってきたからこそ、ようやく気づけた小説家としての理想のあり方。

「小説に全力を注ぐという前提があります。その次くらいに心がけることとして、最近は“小説家コスプレ”をした方がいいんじゃないかと思いますね。これまで私は小説家という幻想を裏切るような身の振り方で注目してもらっていましたが、“小説家っぽい”方が受け入れてもらいやすいというか、みんなの脳が理解しやすいのかなって。格言っぽいことをいいそうな表情や服装の方が、普段、本を読まない層も興味持ってくれるのかなって。ウィスキーと葉巻を携えて、取材を受けるのは山の上ホテル(笑)。某大先生のように、カメラマンは必ず指名して、撮る角度も細かく指定! メディア対応の際は必ず編集者を数人連れている! オールドスタイルですが、昭和の小説家らしいじゃないですか」

ずっとそのような振る舞いをしてこなかったのには理由がありました。なぜなら、小説家然としていた方が、“小説家として臆病なのではないか”という思いがあったのです。

「(小説家らしい振る舞いをする人は)見せたい面しか見せないビビリなんじゃないかと思ってたんです。でも回り回ってあのコスプレは効率がいいんじゃないんかと思うんですよ」

小説家らしい振る舞いをすることで、周囲は小説家を小説家と認識し、祭り上げてくれるかもしれない。

「ある種、ステレオタイプしか受け入れてくれない世間に対する、諦念のようなものがあるのでしょうね」

ターニングポイントは小説の影響力を知った「処女作」。「売れない時代」も大きな財産に

画像: ターニングポイントは小説の影響力を知った「処女作」。「売れない時代」も大きな財産に

メディアに出て、それなりに顔も名前も知られている羽田さんですが、小説に対して誠意を尽くしたいという思いがあってこそ。それゆえに、多メディア展開の戦略を見直しているわけですが、そうまでするのには理由があるといいます。

「結局、文章で人に影響力を及ぼしたいんです。去年『ポルシェ太郎』という本を出した時に、珍しく男性から感想文をいただいて。『自分はポルシェを買ったのですが、何か満たされない気持ちがあり、そこに気づかされました』という苦悩が書かれていました。その方は家庭持ちで、すごく頑張って買ったみたいなんです。でも、外から規定されていた部分もある欲望に飛びついたら、思いの外、空虚だった。ただ、私の本を読んだことによる影響も少しあったようで、『今はポルシェがちゃんと好きになりました』と書いてあったんです。それをもらってすごく嬉しかった。普段あまり本を読まない人の心を動かせたんだ、って」

そんな思いがあるから、デビュー作の『黒冷水』を上梓した当時が一番の転機だといいます。

「誰からも頼まれていない原稿を出版社に送って、それが本になって感想文等が届くのは、不思議な体験でした。ハードカバーだけで75,000部とけっこう売れたんです。共感したとか救われたといった感想文が多かった。『スクラップアンドビルド』は芥川賞を受賞して、ご老人の方からも感想文をもらいましたけど、読者の方々から寄せられる感想文の切実さという点では、デビュー作のほうが体感として大きかったですね。その意味で人生の一番の転機は処女作。そこから小説家になったわけですから」

自分の筆で誰かに影響を与えられる快感が、小説家を続けるモチベーションになりました。しかしやがて、不遇の時代も迎えます。

「デビュー後数年経った頃からでしょうか。本を出しても書店に置いてもらえない時期が、20代半ば頃におとずれました。そのような、文芸誌を読むマニアにしか読まれない時期を経て、芥川賞を取ったというわけです」

安定をリスクと捉え、軽い気持ちで背水の陣

画像: 安定をリスクと捉え、軽い気持ちで背水の陣

デビュー後に大学に進学し、卒業後は一般企業での就職を経験した羽田さん。小説に向き合わないことに焦燥感を覚え、専業小説家になるという決断に至ります。

「会社員をやっていると、何となくその生活が成り立ってしまうんですよね。『できちゃうな』と思ったからこそヤバかったんです。だからこそ会社を辞めました。軽い気持ちの背水の陣。今となっては、辞めなくても両立できたのではと思うんですけど。じゃあ今自分が34歳の会社員だったとして、専業小説家になるため会社を辞める決断を下せないかというと、そんなことはないです。自分の幸福を、属する共同体に委ねていないからです。それは家族単位の共同体に対しても同様です。自らの行いによってでしか、人は幸せになれませんから」

だから、別に“外面”を気にする必要はないというのが、羽田さんの考え。とはいえ闇雲に新しいことばかりを取り入れる必要もないといいます。

新しいものもいいけど、トラディショナルだって悪くない

画像: 新しいものもいいけど、トラディショナルだって悪くない

「(先ほどお話した)“小説家コスプレの方が、闇雲なテレビ出演より影響力があるかもしれない”という考えに行き着いたのは、トラディショナルの強さにも気づいたから。たとえば日本企業は体質が古いと思いますし、意味のない会議は多いかもしれません。でも一方で会議の中身に意味はなくても、人が集まることにだけは、それなりに強い意味があるかもしれない。内部留保金が多すぎるのも株主たちからは叩かれますが、大不況の際は生きながらえる体力になる。日本的企業の弱点と呼ばれる部分の1〜2割くらいは、長所だったりもすると思います」

だから、目新しくて耳あたりのいい言葉に踊らされる必要はなく、温故知新の精神も肝要なのです。

「とりあえず古くさいシステムのなかで、自分に有利に運ぶものを利用して、自己実現を図るのがいいんじゃないですかね。ネットで目新しいことを発信し幅を利かせている人たちを、盲信する必要はないですよ。その人たちは、突飛なことを主張するのが半分仕事だったりする。みんなフリーランスで好きなことやればいいんだよ、みたいな文句を鵜呑みにすることはない。古いものを全部否定して新しいことをやろうとすると、僕みたいに回り道になるかもしれませんよ」

撮影/牛島康介

【この記事の著者】

吉州正行(きっしゅう まさゆき)

1981年生まれ。リクルートで「R25」編集部に在籍後、独立し広告や記事編集に携わる。家業の寺院副住職ほか(株)reQue代表取締役社長。ウェブメディアや雑誌を中心に、テクノロジーやマネー、タレントインタビューを数多く手掛ける。

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