「心の病」と聞いて、どんな状態や症状を想像しますか?最近は、うつ病をテーマにした映画や小説、漫画などが出てきているので、「気分が激しく落ち込む」「会社を休まなきゃいけない」「周りに心配をかけそう」などなど、なんとなくイメージできる人もいるでしょう。

うつ病をテーマにした作品が増えているのは、患者数が増え、より一般化しているからだといえそうです。

厚生労働省が3年ごとに発表している「患者調査」1)によると、うつ病などを含む気分(感情)障害を抱えた外来患者数は、平成14年の71.1万人から平成29年には124.6万人と、年々増加中。

職場でプレッシャーを感じる場面が多く、ストレスを溜め込みがちな僕らの世代にとって、他人事ではないのかも…。

もし、心の病と診断され、治療のために長期休暇を取れば、当然収入は減ります。お金や将来に対する不安で、悩みも倍増…。ただでさえ気持ちが塞いでいるのに、ますます症状が悪化してしまいそう…。

そこで、産業医としても活動し、多くの心の病を抱えるビジネスマンたちと接している精神科医・勝 久寿先生(人形町メンタルクリニック)に取材。

連載「心の病とお金の話」の第1回目のテーマは、「心の病によるお金の不安」についてです。

お話を聞いた人

勝 久寿先生

人形町メンタルクリニック院長。医学博士。精神保健指定医、精神科専門医、臨床精神神経薬理学専門医、日本医師会認定産業医、日本精神科産業医協会・認定会員。著書に『「いつもの不安」を解消するためのお守りノート』。

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お金と心が消耗していく…陥りがちな不安とは?

画像: お金と心が消耗していく…陥りがちな不安とは?

――心の病というと、仕事にも大きな影響を及ぼすイメージがあるんです。職場にいられないほどの症状となれば、金銭的にもかなり苦しい状態になりそうですが…。

確かに、適応障害の方であれば、会社に行こうとすると吐き気や激しい動悸が出てきます。うつ病の方だと仕事をしようとしても頭が回らなかったり、億劫になって仕事が進まなかったりと、心の病によって効率が悪くなる可能性はあります。そのため、仕事が続けられずに休職し、金銭面で不安を抱える方はたくさんいるんですよ。

――やっぱり仕事に影響するんですね…最悪の場合、退職しなきゃいけない、なんてことも?

万が一、休職しても具合が良くならない場合は、休職期間が満了し、退職しなければならないかもしれない。最悪のケースだと、収入源を断たれる恐れがあるのです。回復するまでは再就職しにくく、社会保険料や家賃などの支払いは続くので、不安は増す一方といえます。

――病気を抱えたまま職を失うのは、不安でしかない…。そうなるくらいなら、休職せずに働き続けた方が良さそうじゃないですか?

いえいえ、治療を先延ばしにすれば症状は長引くので、休職して治療に専念することは大切です。たとえば、うつ病で仕事の進みが悪くなった方に対して、会社側は責任のある立場や将来につながる仕事を、振りづらくなりますよね。その結果、本来得られるはずだった収入が、得られなくなる場合もあります。そうならないためにも、不安があれば、早めに精神科やメンタルクリニックを受診してほしいですね。

「心の病」になったら、リアルにいくらかかるの?

画像: 「心の病」になったら、リアルにいくらかかるの?

――悪循環させないことが大切ということは理解しました。ただ、あくまでイメージですが、精神科の診療費って高そう…。1時間のカウンセリングで数万円なんて、ザラなのでは?

確かに、カウンセラーが行うカウンセリングは、50分1万円くらいに設定されていることが多いです。しかし、精神科や心療内科の診療はそれとは別物。

内科などと同様に、患者さんを診察したり、病気を診断したりする診療行為は保険が適用されるので、そこまで心配することはありません。以下が、診療費の目安です。

〈表〉診療費・薬代の目安

初診料2,300円程度
再診料1,500円程度
薬代内科などの費用とほとんど変わらない

状況により多少異なりますが、3割負担でこのくらいの金額ですね。ただ、診察の中で血液検査や心理検査などを行うと、検査料が加算されます。

薬ももちろん保険適用となります。薬代は薬の種類、投与量、日数などで異なり、たとえば1種類の薬を1週間分処方された場合でも、3割負担で500円程度から1,000円程度とばらつきがありますが、一般的には内科などに比べて特に高額になるということはありません。

――なるほど、想像より費用はかからずに済むのですね。

はい。ただ、1回の受診で治ることの多い風邪などとは違って、複数回の診療が必要になるので、低く見積もらない方がいいでしょう。心の病の治療は、短くても半年から1年はかかりますし、その後も再発しないよう、経過を見る期間が発生します。

また、状態が安定している時は月1回の通院で済むケースもあるのですが、あまり状態が良くなければ、週1回以上受診していただくこともあります。さらに、重症になるほど薬が増えることが多いため、薬代の負担も重くなります。

――うーん、週1回の通院とすると、薬代が1,000円だったら1回2,500円、1カ月で1万円…。決して小さな金額ではないですね。

そうですね。治療が長引けば、その分、診療費もかさみますし、前述した通り、悪循環に陥ると休業せざるを得ない状況になってしまうこともあります。

休業時に収入がゼロにならない方法

――先生! 1回の診察料は低いものの、やっぱりお金の心配は尽きない気がしてしまいます。

簡単な問題でないことは、間違いありません。しかし、心配しすぎないで大丈夫! 金銭面でサポートしてくれる制度を、いくつかお伝えできますよ。たとえば、治療に長期間を有する場合には、「自立支援医療制度」が利用できます。

これは、心身の障害を除去・軽減するための医療について、医療費の自己負担額を軽減する公費負担医療制度です。

医師に診断書を書いてもらって申請すると、医療費の自己負担分が1割になります。再診であれば、500円程度になるというわけです。

〈表〉自立支援医療制度を利用した場合の費用

再診料1,500円程度→500円程度
薬代1,000円程度→300円程度
※利用前は3割負担、利用後は1割負担。
※薬代は状況によりバラつきがあるため、一例として提示。

――制度を利用すれば、医療費はかなり抑えられるんですね。ちょっと安心しました。でも、休業して給料がなくなったら、800円さえも捻出するのに苦労しそうですが…。

休業中のサポートでは、以下のものが考えられます。

傷病手当金
会社員で、病気やケガのために4日以上(連続する3日間を含む)会社を休み、事業主から十分な報酬が受けられない場合に、公的医療保険(健康保険)から所定の手当金を受給できる。

「傷病手当金」を受け取れれば、収入がゼロになることはありません。給料の全額ではありませんが、給料の3分の2程度が支払われます。

また、「精神障害者保健福祉手帳」を持っていると、税金の減免、公共料金の割引などのサポートが受けられるんですよ。

精神障害者保健福祉手帳
心の病によって、日常生活・社会生活に制約がかかると診断された場合に交付される手帳

――治療に専念するための金銭的サポートも、きちんと用意されているんですね。とはいえ、万が一退職しなければいけなくなったら、さすがにサポートしてもらえないんじゃ…?

もし、治療が長期化し、退職しなければならなくなったとしても、公的なサポートがあります。例えば、「失業手当」や「障害基礎年金」が挙げられます。

失業手当(雇用保険給付)
雇用保険加入者が失業した際に、支給される手当金。

失業手当に関していうと、病気が原因での退職だと「特定理由離職者」とみなされ、給付期間が長くなることがあります。

障害基礎年金
公的年金加入者が、就労が困難と判断された場合に支給される年金。心の病が重症化した場合、受けることができる。

障害基礎年金の年金額は、障害の等級によって異なります。また、子どもがいる場合は、子どもの人数に応じて加算されます。

――なるほど、これだけ公的なサポートが存在しているんだ。いざという時のためにも、頭に入れておいた方が安心ですね。

制度を組み合わせて使えば、生活の足しにはなります。ただし、給付金や手当を生活費として捉えるのではなく、心の病を治療するための手段と考えてほしいです。一度仕事を休んで、治療を受けながら、回復の糸口を作っていくことがなによりも大切です。

「心の病」は障害ではなく、人生の経験に

画像: 「心の病」は障害ではなく、人生の経験に

――話を聞いている限り、治療が長引くほど、精神的にも金銭的にも負担が増しそう…。不調を感じたら、早めに精神科医に診てもらう方がよさそうですね。

ほかの病気と同じで、心の病も重症化する前に受診した方が回復が早いです。気になる部分があれば、病気と診断されることを怖がらずに、精神科やメンタルクリニックを受診してほしいですね。

もし、精神科はハードルが高いと感じるようであれば、かかりつけの内科医を訪ねてみましょう。精神科の先生を紹介してもらえることがあります。

地域の保健センターが用意している心の病専用の相談窓口で、話を聞いてもらうのもいいと思いますよ。そして、心の病を乗り越えたら、得られるものがあるはずです。

――“得られるもの”とは何でしょうか?

心身ともに健康であることの大切さを知るだけでなく、職場での在り方、周囲との接し方で気づく部分もあると思います。たとえば、自分が上の立場になった時、若い人たちのメンタル状態をケアしながら接することができるようになるでしょう。意外に成功体験を語りすぎると、部下にはプレッシャーになる、ということにも気づくはずです。

――苦労したからこそ、相手の気持ちがわかる人になれるんですね。きちんと治療すれば、仕事復帰も難しいことではないだろうし、それまで以上に重宝される人材になれる可能性もあるのか。

その通り。パニック障害や対人恐怖症(社交不安障害)の方は、乗り物での移動や人と接することに恐怖心を抱くため、仕事を選ぶ時に営業職などを外し、職種を狭めてしまう傾向にあります。しかし、治療を受けて、乗り物での移動や人と接することへの苦手意識がなくなれば、本当にやりたかった仕事ができて、収入アップにつながるかもしれません。

「心の病」というとネガティブなことばかり考えがちですが、プラスの未来が待っていることも覚えていてほしいですね。

――なるほど…。次回はそんな「心の病」に早く気づくための方法について教えてください…!

イラスト/沼田健

この記事の著者

有竹亮介

ライター。ジャンルを問わず幅広く活動中。好きなものはJ-POP、舞台・ミュージカル、アニメ映画。30歳を過ぎてから、お金に関することに不安感を抱くようになり、ちょっとずつちょっとずつ勉強中。
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