自分や家族の身に降りかかる、「もしも」に備えるために生まれた「保険」という制度。一般的には病気やケガ、事故、災害のリスクに備えるための保険が有名ですが、日頃の生活では考えもしないような”もしも”もたくさんあります。

たとえばある日、突如目の前に出現した宇宙人が、あなたを捕獲してUFOに連れ込み誘拐してしまったら……。

多くの人にとっては、コントのように感じるシチュエーションかもしれません。しかし広く世界を見渡せば、そんな「もしも」について、真剣に備えるべきと思う人もいるのです。今回は、かつてイギリスとアメリカで実在した「宇宙人誘拐保険」についてご紹介しましょう。


同じリスクを抱える同志の“相互扶助”で保険は成立する

読んで字のごとく「宇宙人誘拐保険」とは、宇宙人による誘拐によって発生した損害に備えるための保険商品のこと。

具体的には誘拐によって心身の損害(ケガや精神的ダメージなど)を受けた場合に、損害を補償するにふさわしい金額を支払うという契約になっていたそうで、アメリカのセント・ローレンス・エージェンシー社がかつて販売していた宇宙人誘拐保険には、10万人近くの加入者がいたといわれています。

ちなみに、掛け金は年間1ドル。宇宙人に誘拐され心身に損害を被ったことが証明された場合には、1,000万ドルの補償金を支払う約束がされていたのだとか。このほかにもイギリスなど一部の国で、宇宙人誘拐保険が存在していたようです。

いったい何故、このような保険が商品として成立したのでしょうか? 保険のしくみに詳しいマネーコンサルタントの頼藤太希さんに聞いてみました。

お話を聞いた人

頼藤太希さん

Money&You代表取締役/マネーコンサルタント。慶應義塾大学経済学部卒業後、外資系生保にて資産運用リスク管理業務に従事。2015年に(株)Money&Youを創業し、現職へ。女性向けWebメディア『FP Cafe』や『Mocha(モカ)』を運営すると同時に、マネーコンサルタントとして、資産運用・税金・Fintech・キャッシュレスなどに関する執筆・監修、書籍、講演などを通して日本人のマネーリテラシー向上に注力している。『投資信託勝ちたいならこの7本!』(河出書房新社)、『入門 仮想通貨のしくみ』(日本実業出版社)など著書多数。日本証券アナリスト協会検定会員、ファイナンシャルプランナー(AFP)、日本アクチュアリー会研究会員。
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「『宇宙人誘拐保険』を、あくまでも真面目な保険商品の一種と考えた場合、成立する根拠のひとつとなるのが、保険というシステムの基盤である“相互扶助”の考え方。簡単に言えば“助け合い”の精神ですね」(頼藤さん、以下同)

一人では支えきれない大きな負担を、みんなで分担することで助け合うしくみという意味では、一般的な生命保険や損害保険と、この宇宙人誘拐保険も同様だといいます。

「たとえば交通事故のリスクは、一人の人間だけで考えればさほど高くはありません。でも、何百万人という単位になれば、そのうちの誰かが交通事故に遭遇する確率は、かなり高くなりますよね?

つまり、同じリスクに備えたいと思う仲間が互いにお金を出しあい、“もしも”に遭遇した仲間を援けるというのが保険の基本。

宇宙人誘拐保険の場合は、宇宙人に誘拐されるかもしれないと思っている10万人の同志がいるから保険商品として成り立つ、と考えることができるわけです」

宇宙人に誘拐されたら1,000万ドル!その根拠は⁇

画像: 宇宙人に誘拐されたら1,000万ドル!その根拠は⁇

とはいえ、ここで気になるのは、実際に宇宙人に誘拐されるリスクが、どれくらいあるのか?ということ。

当然、交通事故に比べれば遥かにリスクは低い……というか、科学的な証明が(公的には)存在していないわけですから、保険料を集める保険会社が、いわゆる“丸儲け”になってしまうような気がしてならないのですが……。

「今回の宇宙人誘拐保険は、ジョーク商品的な側面も強いようなので同列には語りにくいのですが、保険商品は本来『収支相等の原則』に則って販売されるべきもの。

基本的に入ってくるお金(保険料の総額や運用益など)と出ていくお金(支払われる保険金や経費など)をイコールにする、というルールがあるんです」

この『収支相等の原則』とは、保険制度を守るためのもの。原則から外れてしまうと、不当に保険金を受け取る人が出たり、逆に保険会社が不当に利益を得たりすることになり健全性が失われ、保険制度自体が崩れてしまう恐れがある、ということなのだそうです。

「例に出ている宇宙人誘拐保険の場合は、年間1ドルで10万人の加入者ですから、年間に10万ドルの保険料。対して、支払われる保険金は1,000万ドルですから、単純計算で100年に1人、保険金が支払われることを想定していれば、収支相等の原則に則っていると考えることができます」

仮に、この保険会社が真面目に『収支相等の原則』に則っているなら、宇宙人に誘拐される確率を、保険料と保険金の関係から類推できるかもしれない、とも。

導き出される確率をイメージして、宇宙人に誘拐されるリスクが低いと思うか、それとも高いと思うか、なかなか判断が難しいところかもしれませんね……。

日本でも宇宙人誘拐保険が誕生する可能性はあるの⁇

一見、奇妙キテレツ極まりない宇宙人誘拐保険。とはいえ中には、記事を読むうちに、「自分も宇宙人に誘拐されてしまうかも……」と不安な気持ちになった人がいるかもしれません。

先ほど頼藤さんに教えていただいた“相互扶助”が保険の基本だとすれば、そうした同志が一定数いる場合、日本でも宇宙人誘拐保険が誕生する可能性はあるのでしょうか?

画像: 日本でも宇宙人誘拐保険が誕生する可能性はあるの⁇

「残念ながら、日本で宇宙人誘拐保険が販売される可能性は、かなり低いと思われます。何故なら現在、日本の保険会社ではいわゆる『誘拐保険』を取り扱っていないからです」

その理由は、誘拐保険の存在が、身代金目当ての誘拐や監禁、自作自演の誘拐といった犯罪を誘発する恐れがあるからでは? とのこと。

だとすれば、宇宙人誘拐保険も、その存在自体が「宇宙人に誘拐された」という虚偽の申告を誘発しかねないため、おそらく今後も日本で取り扱われることはないだろう、ということだそうです。

宇宙人に誘拐されるリスクがあるから保険が存在するのか、保険が存在するから宇宙人に誘拐されるリスクが高まるのか……。考えれば考えるほど、奥深い宇宙人誘拐保険。とはいえ、保険制度の基本を理解する、よいきっかけになったのではないでしょうか?

イラスト/石井あかね

この記事の著者

石井敏郎

いしいとしろう。フリーランスの編集者・ライター。神奈川県横浜市出身。格闘技からITまで、幅広いジャンルの記事制作に関わっている。

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